本研究者らによって、既に腎臓中へのメチル水銀の取り込み機構における重要性が示されたグルタチオン(GSH)及びその代謝酵素であるgamma-グルタミルトランスペプチダ-デ(gamma-GTP)が、メチル水銀の標的組織である脳内への取り込み及び神経毒性発現において果たす役割を明らかにする目的でマウスを用いて以下の実験を行った。 1.メチル水銀の脳内への取り込みにおけるGSH及びgamma-GTPの役割を明らかにする目的で、メチル水銀を尾静脈内投与し、その後の脳中への水銀の蓄積に及ぼすGSHの同時投与、GSH枯渇化剤又はgamma-GTP阻害剤前投与の効果を検討した。その結果、メチル水銀の脳内への蓄積量は、これら化合物の投与による著しい影響を受けなかった。今回の実験条件下では、脳中へ蓄積するメチル水銀の量が極めて低かったため、今後、メチル水銀の投与条件の検討、および生理的レベルのgamma-GTP活性を維持した脳毛細血管内皮細胞を用いた検討が必要である。 2.組織中GSHの枯渇化剤であるブチオニンスルフォキシミン(BSO)の前投与が後肢麻痺を指標としたメチル水銀の神経毒性発現に及ぼす影響を調べる目的で、先ず、メチル水銀投与によって神経毒性を発現させるための至適投与条件を検討した。その結果、メチル水銀の単回投与によっては神経毒性の発現は認められなかったが、メチル水銀25mumol/kg/day、又は、28mumol/kg/dayの投与量で1日1回、連日2週間皮下投与することによって、いずれの場合も初回投与10日以降にはじめて後肢麻痺を示すマウスが認められ、それぞれ初回投与14日後に20%、又は、60%のマウスに神経毒性の発現が認められることが判明した。そこで、このような条件でメチル水銀を投与し、BSO前投与の影響を検討した結果、メチル水銀による神経毒性の発現に先立って、メチル水銀の致死毒性がBSO前投与によって増強されることが明らかになり、そのために神経毒性発現においてはGSHの効果を評価することが出来なかった。しかし、今回の実験において、メチル水銀の致死毒性のみならず腎毒性の発現もBSO前投与によって増強されることが判明し、これらメチル水銀による毒性の防御因子としてのGSHの重要性が示された。
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