本年度に行った研究により以下の結果を得た。 (1)母川に遡上した洞爺湖産ヒメマス(陸封型ベニザケ)を捕獲し、頭部に小型で強力な磁石をはりつけた固体、頭部(松果体)および眼をマスクした個体、網膜剥離を起こさせて視力のみを奪った個体の3群に分け、湖の中央部に再放流した。その結果、何も処理を施していない個体(対照群)と磁石を装着した個体だけが、再度母川に回帰した。このことは、磁石により磁石コンパスを攪乱されているにもかかわらず、視力さえ確保されれば湖(外洋)から母川(河口)までたどりつくことができることを示している。したがって、サケが外洋を回遊する際には、太陽コンパスあるいは偏光コンパスを用いている可能性が示唆された。 (2)母川回帰直前の洞爺湖産ヒメマスを用い、嗅神経束から集合インパルスを記録することにより、人工海水中および人工池水中のアミノ酸に対する嗅覚応答の大きさを比較した。その結果、ヒメマス嗅覚応答は、淡水から海水程度の塩環境の変化にはほとんど影響を受けないことがわかった。したがって、ヒメマス嗅覚応答の塩依存性は、母川回帰前後(河川に遡上する前後)には変化しないことが明らかになった。 (3)(2)と同様の実験を、厚田沖で捕獲したまだ淡水順応していないシロザケと千歳川に遡上したシロザケとについて行い、両者を比較した。その結果、シロザケもヒメマス同様、嗅覚応答の発現は嗅受容膜上の塩環境の変化にほとんど影響を受けないことが明らかになった。すなわち、サケ科魚類の嗅覚器は、淡水順応(海水順応)に伴う塩環境の変化に影響されない嗅覚受容メカニズムを備えていることが示唆された。
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