本研究は、ショウジョウバエを用いて生殖細胞系列の分化の機構を解明することを目標にしている。私はこれまでにショウジョウバエの極細胞(生殖細胞に分化するように決定づけられた細胞)の形成にミトコンドリアゲノムにコードされるlarge ribosomal RNA(lrRNA)が関与していることを明らかにした。さらに、lrRNAは初期胚の後極細胞質(極細胞形成に必要な因子が局在することが実験発生学的に示されている細胞質)においてのみミトコンドリアの外に存在し、極細胞形成に関与することを強く示唆する結果を得ている。 本研究では、ミトコンドリアlrRNAをミトコンドリアから細胞質中へ移送するのに関与すると考えられるtudor遺伝子の突然変異胚中でlrRNAを発現させることにより、tudor突然変異により失われる極細胞形成能が回復するか否かを調べた。lrRNAを発現するプロモーターとして、卵形成期に転写活性を持つoskar遺伝子のプロモーターを用い、その下流にlrRNA遺伝子を結合し、tudor突然変異系統にトランスホームした。その結果、残念ながら、tudor胚における極細胞形成能の回復は見られなかった。しかし、この実験の過程で以下のような新たな事実が見いだされた。lrRNAの胚内における分布をin situハイブリダイゼーション法により調べた結果、lrRNAはtudor突然変異胚の後極に局在しないが、卵形成過程でlrRNAを発現させたtudor胚の後極にはlrRNATが局在した。この結果は、lrRNA中に卵の後極へ局在するためのシグナルが含まれていることを示している。このことは、野性型の胚の後極に局在するlrRNA(の一部)は後極以外の場所でミトコンドリアから搬出された後に、胚の後極に局在することを示唆している。 現在、lrRNAを発現させたtudor胚で極細胞形成が見られない理由は明らかではない。おそらく、lrRNA以外のミトコンドリアのRNA(たとえば、small ribosomalRNA(srRNA)、このRNAも後極に局在するという結果も報告されている)も極細胞形成に必須であると考えられる。今後はこの可能性を今回と同様の実験系で明らかにする予定である。
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