本研究の目的は、作業記憶に関わるニューロン過程にドーパミンのどのタイプの受容器がいかなる役割をもつのかを明らかにすることにあった。この目的のため、まず、サルに眼球運動による遅延反応(ODR)を訓練した。このODR課題では、サルは4秒間の遅延期の前に提示された手がかり刺激の位置(左右上下)を記憶し、その位置に向かってサッケードを行なう。課題をうまく行うためには作業記憶が必須であり、作業記憶の神経過程を調べるのに適当である。サルがこの課題を行っている際に、多連微小ガラス電極を用いて前頭連合野からニューロン活動を記録し、ドーパミンD1受容器の選択的阻害剤であるSCH23390や、D2受容器の選択的阻害剤であるスルピリドなどをイオントフォレシス法で微量投与してその効果を調べた。眼球運動やニューロン活動などの生データは、DATテープに記録し、ついで、デジタル化したあとMOディスクに蓄積して、オフラインで詳細に解析した。 課題に関係した114個のニューロンのうち、本研究ではとくに、遅延期に活動変化を示した62個のニューロンに注目して解析した。こうしたニューロンが空間情報の作業記憶過程の中心を担うことが以前の研究で示されているからだ。これら遅延関係ニューロンのうち72%(45個)で、ニューロン活動はSCH23390の投与によって制御された。一方、スルピリドは調べた17個の遅延関連ニューロンのほとんど(15個)で効果をもたなかった。さらに、SCH23390の制御効果をより詳しく調べるため、遅延期活動の方向選択性(記憶コーディング)をコサイン(cos)関数で定量化して解析した。その結果、SCH23390によって、記憶コーディングが減弱するか失われることがわかった、。前頭連合野にはD2受容器よりもむしろD1受容器が豊富に分布するというデータをふまえると、これらの結果は、ドーパミンD1受容器の賦活が前頭連合野の作業記憶過程に重要な役割-記憶コーディングの維持-をしていることを示唆する。
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