「華陽国志」及びその他の地理関係資料の蒐集については、当初の予定どおりの成果をあげることができた。即ち、日本・中国の雑誌類に掲載されている論文の蒐集、「道蔵」「中国名山勝蹟志」等の中国地理関係資料・魏晋南北朝思想資料の購入を行なった。また古書・新刊双方にわたる地図・歴史地図を入手できたのは、今後の研究の広がりの可能性を保証する有意義なものであった。これら資料の解読は鋭意進行中であるが、平成5年度は、「華陽国志」そのものの検討と並行して、後漢から魏晋南北朝期にかけての地理思想の特色を明らかにする目的で「紀行文的文学作品」や「遊記的散文」の検討を進めた。具体的には、後漢初の馬第伯の「封禅儀記」と後漢末の曹操の「歩出夏門行」の検討を行なった。その内容は、「封禅儀記」については資料的性格の検討を行ない、この資料が封禅の記録という儀注・起居注的性格を有する部分と、山川旅遊の記録という体験記的性格を有する部分の二種類に色分けされること、後者の部分は「山川遊記」の先駆的性格を有するものであるが、そこに見られる山川観は極めて即物的なものであり、先行する紀行文的文学作品・後出する山川遊記とも性格を異にしていることなどを明らかにした。「歩出夏門行」については作者の立場に留意した性格分析を試み、この詩が軍旅を契機とした紀行文的な連作の詩であり、そこに作者である曹操の志が投影されているという点では、紀行文的辞賦作品の中に位置付けられるものであること、しかし作詩の動機が他の諸作品とは決定的に異なっており、詩全体の性格としてはむしろ秦の始皇帝の「巡狩刻石」や漢の高祖の「大風の歌」に通ずるものがあることを指摘した。これらの検討は、統一国家たる「漢」から分裂の時代である「魏晋南北朝」へ移行する間における、自然観・地理思想の変遷を考える上で、有効な視点を提供してくれるものと考えられる。
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