明治維新変革の特殊性の故に本邦ではこれまで、プロイセンやオーストリアの国権学派の主権論(グナイストやシュタイン)を中心とする近代国家や近代社会の構造把握が主流であった。しかし、今年度京都大学付属図書館所蔵のギールケやプロイスの文献を収集・整理した結果、ゲノッセンシャフト理論に基づく地方自治論が国権論に対抗する位置を占めるものであることが判明した。また三日前期(1848年革命前)のヴュルテンベルク出身のリストの「農地制度論」(1842年)を、チュービンゲン大学教授時代の若きリストの「シュテンデ改革論」(1816/17年)との関連で検討した結果、次の新知見を得た。つまり、これまで国民経済学体系としてのみ理解されてきたリストの体系が、中小農民的市民層によって担われるゲマインデの自治的代表制を最底辺として、指令制度をもって下から積み上げられていく連邦制国家を展望する国制論・市民社会論をその重要な柱とするものであること、これである。(「三月前期西南ドイツ・リストの市民社会論-シュテンデ改革論から農地制度論へ-」欧米近現代史研究会編『西洋近代における国家と社会』1994年3月刊行所収参照) さらにオーストリアについては、Fontes Rerum Austriacarumという基礎史料を購入できたほか、H.H.Brandtのオーストリア財政史研究から農民解放史研究を自治財行政史研究へと発展させうる新視角を獲得することができた。前者の第一次史料は、今後の検討に付されるが、後者については1993年度の西洋史研究会大会共通論題報告「オーストリア農民解放史研究再考-地域社会史研究の方法的可能性-」と題して報告した。
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