本研究の目的は、いわゆる民族間抗争の問題が有する重要性と緊急性に踏まえながら、その問題を状況分析によらずに、問題が発生したルーツとも呼ぶべき地点にさかのぼり、民衆文学ないしは口承文学を具体的な素材として、その問題の意味と基本構造を解明することにあった。このために本研究者は、18世紀後半から19世紀前半という転換期のロシア社会と文化をとりあげて、この時期の民衆の精神的・文化的変容の実体を分析することを本研究全体の基本的な作業とした。本研究は昨年と今年の2ヶ年にわたるものであったが、昨年の論点をひきつぎながらも本年度の具体的論点となったのは以下の点である。 1)18世紀後半以後の「民衆文学」の全体像、2)18世紀後半から19世紀前半にかけてのロシア・ナショナリズムならびに民族意識、3)「ロシア的なるもの」「ロシア民族性」という言説の誕生と展開、4)民俗学史における18世紀後半、5)18世紀後半から19世紀前半におけるロシアの「民俗文化」 こうした論点に沿って、本年度は、問題の全体の方向性をめぐる理論編とも言うべき論文「ロシア文化という方法」、そして、民衆文学・版画を素材とした事例編とも言える論文「ロシア民俗学史における『民衆版画』」、さらには、民衆とインテリゲンツィヤとの関係の発生とその構造を考察した論文「A・ラジ-シチェフ『ペテルブルグからモスクワへの旅』の「汚れなき」ナロード」の3編を成果として発表した。それに加えて、別に提出する「研究成果報告書」において、上記の具体的論点にたいする研究実績について論述した。
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