我々は幾何学と整数論に内在する双曲的構造にはやくから着目しそれら分野を在来の思考とは著しく異なる手段によって解析してきた。とりわけ数論的に生成された行列群よりもたらされる等質空間における関数解析によって、数論の根源的函数であるRiemann zeta-函数に多くの新しい知見を得た。Riemann zeta-函数と素数分布との関係は広く知られているが、一般的にはRiemann予想を視界に入れて定性的な論議のなされることが通例である。しかし我々の研究の立場はそれらとは異なり、zeta-関数の量的特性をもとにして素数分布との関連をもとめ、出来うればRiemann予想に対する新しい視座を得ることにあった。素数分布、とりわけ短区間における分布については、Riemann予想をある種の定量的な問題に置き換えることが可能であることが古くから知られている。これが、zeta-函数の臨界線上に於ける冪乗平均(momentあるいはmean-values)問題と云われるものである。この問題は最近に至るまでごく古典的な手段によって考察されてきたのであるが、我々は保型形式論、とくに跡公式の援用によって全く新しい構造を求めることが出来た。それによるとRiemann zeta-函数を保型(Hecke)L-函数(あるいはMaass波動)の生成函数と見ることも可能である。即ち、zeta-函数の量的挙動のなかに某かの波動的な特性があり、それが非ユークリッド空間(双曲的空間)の構造と関係しているのである。この構造をより詳しく探究し、それらにともなう代数的因子であるHecke作用素、楕円曲線などとzeta-函数との未だ知られざる魅惑的な関係を特定することを将来の目的としたい。
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