本研究の目的は、高分子間の相互作用が無視できるような希薄溶液中で共役系高分子の電気物性を調べることによって、高分子一本鎖の電気的特性すなわち分子内伝導についての情報を得ることにある。 我々は、高分子の形態について明確な知見を与えるだけでなく、電子性キャリアの分子内移動時間についての情報を与えるという点で数ある溶液物性の測定手段の中でも特にユニークな周波数領域の電気複屈折緩和(FEB)スペクトロスコピーを用いて、代表的な可溶性導電性高分子であるポリヘキシルチオフェンのFEBスペクトル測定を種々の溶媒中で行った。その結果、溶媒としてメチレンクロライドを用いた場合には、ポリヘキシルチオフェンが伸びた形態(トランス構造)を保った状態で安定に溶解することを見出し、溶液中において、高分子が共役した状態でキャリアの分子内移動速度を実際に測定できることを示した。また測定したFEBスペクトルから、ポリヘキシルチオフェンには低周波緩和(数十kHz域)と高周波緩和(数十MHz域)の2つの緩和が存在することが明らかになった。緩和時間およびキャリア濃度から見積った高周波緩和に寄与するキャリアの移動距離は、高分子のセグメント(チオフェン基100個)程度であり、一方拡散定数は、ESRやNMRで測定された他の共役系高分子についての値とオーダー的に一致した。これに対し今回の測定で初めて見出された低周波緩和は、高分子の全長にわたるキャリアの揺らぎによるものであり、その分子内移動の拡散定数は、高周波緩和の場合と比べると2〜3桁ほど小さくなっている。これは、キャリアが高分子の全長を移動する場合には、高分子鎖内の共役構造の欠陥を越える必要があるため、局所的な移動に比べ移動速度が著しく遅くなることを示している。
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