研究概要 |
平成5年度においては,十五世紀に行なわれたいくつかの建設事業に関する制作記録に登場する職人名,職能名,建設従事箇所,報酬等を整理することによって,個々の制作間の相関関係から工房組織の相貌,さらにはイタリアの中世末期から初期ルネサンス期にかけての職人工房における組織的制作の手順を多次元的に把握するためのデータを抽出した。石川は,初期ルネサンスの都市拡張に伴う建設ラッシュの中でフィレンツェ都市部において,建設工房を多角的に組織して数多くの建設をこなしていたロッセッリーノ工房の記録,パラッツォ・ディ・パルテ・グエルファの建設記録を中心に資料整理を行なった。一方,林は大規模なフレスコ画連作などを能率よく処理していくと同時に,多くの従弟を抱え養育する教育機関としての機能をも果たしていたギルランダイオ工房,職人的性格を色濃く残しながらも従弟教育を特徴とするネーリ・ディ・ビッチやコジモ・ロッセッリ工房を中心に,制作記録の分析および資料整理を行なった。とりわけ工房内あるいは相互間で行われた協同制作システムの解明には,多様な職人的技術を要する祭壇画制作の検討が有効であった。以上のような建築と絵画,彫刻の各分野から得られた結果をパラメータとして,彼らが関わった作品群に対象を限定し,工房内組織とシステムを明らかにすることは,ルネサンス期イタリアの芸術文化における特殊性を解明する有益な手掛かりとなった。初期ルネサンス建築の形態的特徴を把握するために,建築家個人あるいは工房単位でそれを検討するばかりではなく,個々の職人をより流動的に多次元的に捉える必要性から,様々な方面より情報処理を行ってきた。また各建設現場の枠を越え,フィレンツェという都市的規模で中世の工房とは異なる制作態度,組織形態,運営等を総合的に分析し把握しながら,前年度までに構築した既存のデータ・ベースをさらに拡充することができた。
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