前年度作製した抗トロンビン・レセプター(TR)抗体が、アルツハイマー病剖検脳組織標本において一部の老人斑を染色したため、本年度はさらに、同レセプター蛋白の細胞内部分や細胞外部分の、異なるいくつかの部位に相当する合成ペプチドを用いて抗体を作製した。最初の抗TR抗体が、活性化に際してトロンビンで切断される部位をまたがって作製した物であるために、活性化に伴うTR蛋白の切断によって生じたペプチドの老人斑への沈着の可能性を考え、そのペプチドおよび切断部位のC末端(膜結合部分)側に相当する合成ペプチドも、抗原として使用した。しかし、このようにして本年度作製した計5種類の抗体は、いずれも老人斑を染色せず、前年度に作製した抗体による染色結果の特異性を確認することはできなかった。さらに、すべての抗体で、病理剖検脳組織標本では神経細胞やグリア細胞は染色されず、脳におけるTR発現は、現状の剖検標本による免疫組織化学的検出の感度よりは低いものと考えられた。なお、本研究で作製した抗TR抗体の一部は神経系培養細胞のTR活性化を阻害し、また培養細胞を陽性に染色した(Southern Illinois大学Brewer博士との共同研究)。これらの実験結果は、現在、共著論文として投稿中である。この研究では、神経由来の培養細胞のTR発現自体が、トロンビンによる刺激で亢進することが明らかになり、剖検脳組織標本において検出がうまくいかないこととの関連が推察された。 本年度はまた、組織におけるもうひとつのトロンビンの受容体である、トロンボモジュリン(TM)の脳における発現の検討も行った。市販されている3種類の抗TMモノクローナル抗体は、いずれも血管内皮を陽性に染色した。なお、反応性アストロサイトの一部が1つの抗体で染色されたが、他の抗体では染色されず、アストロサイトがTMを発現しているかどうかは、今後さらに検討を加える必要がある。
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