人体内情報伝達系という現代的概念の重要な一部をなす内分泌概念は、クロード・ベルナールらを初めとする一九世紀中葉から終盤にかけてのフランス系生理学者たちの仕事から錬磨されていった。本研究は内分泌概念並びにその関連概念の形成史を歴史的かつ認識論的にたどるということにその中心を絞りつつある。具体的には、ベルナールの『一般生理学』『実験医学原理』『ノート帳』『動植物に共通する生命現象』などの読解、ブラウン=セカール、エミール・グレイなどの仕事の分析、並びに、メドヴェイ、ロールストンなどの現代の内分泌理論史の調査などを適宜すすめている。その際、現代ではもはやほとんど使われない刺激感応性という概念などの発展史も、当時の生理学史をおうためには重要であるということが明らかになりつつある。また、当時の状況下にあって同時代の大脳神経系の調査の進展からくる神経系の把握の仕方と、内分泌という、神経系とは異なる情報伝達の把握の仕方とがどのように交錯し、邪魔しあっていったのかを具体的に示すことを次年度の主要な目標としたい。その際内部環境、ホメオスタシス、ホルモンなどの関連概念の調査もすすめていく予定である。なお本年度は若干派生的な問題系ながら、人体内の情報維持という観点から、当時存在した前科学的な段階の思弁的遺伝理論として、バトラーを初めとするいわゆる記憶説に着目し、それに関する論文を一本しあげておいた。記憶という抽象的な特性によって遺伝や情報伝達全般を把握しようという試みであり、それなりに当時大きな反響をよんだものである。その理論自体の追求は本研究課題の目的ではないのでこれ以上の調査はしないが、背景をしるうえで重要だと考える。
|