遺伝性多動マウス(BUS/Idr)は、旋回、頭部の不自然な上下左右運動、多動を主徴とする行動異常マウスであり、その病態は単一の常染色体性劣性遺伝子により支配されている。これまでの調査から、BUSマウスホモ個体は内耳聴覚器に著明な病変をもつことから、"waltzer-shaker"ミユ-タントに属することが示唆されてきた。本年度は内耳平衡器に焦点を当て、形態レベル、物質レベル、遺伝子レベルから因子特定へ向けて追究した。電顕観察から、生後3週齢、6週齢のホモ個体において、平衡器I型感覚細胞の萎縮・変性、および杯様神経終末の異常な膨潤が観察された。また、出生直後の平衡器官におけるII型からI型への感覚細胞分化過程において、異常な細胞間隙の拡張が認められた。遺伝子レベルでの調査として、生後7日齢のホモ・ヘテロ個体の内耳膨大部稜を含む膜迷路標品よりRNAを調製し、mRNA differential display法を用いて責任因子遺伝子を直接同定する方向性を模索した。これまで、数種のmRNA発現量の違いを認めており、northern解析による確認分析作業に入っている。責任因子を物質レベルで探索する一環として、内耳の組織発生・分化の異常の解析に有用な単クローン抗体作製を試みた。これまでに、平衡器支持細胞を特異的に認識する抗体産生ハイブリドーマを2種、聴覚器の支持細胞を特異的に認識する応体産生ハイブリドーマを1種確立した。これらを用いて内耳発生過程を解析したところ、胎生期15-17日でY10F2抗体による平衡器支持細胞からのシグナルに違いがみられ、今後の物質レベル、遺伝子レベルでの研究の足場としての重要な知見が与えられた。行動異常の責任病巣としての末梢平衡器系の関与を査定するため、内耳平衡器破壊マウスを作製し、その行動を調べた。その結果、化学的迷路除去マウスは、旋回、頭部の振せん、多動を示し、その行動異常性はBUSマウスホモ個体のそれと極めて酷似していることがわかった。聴覚障害に関する調査結果をもあわせ総合的に判断すると、内耳器官感覚細胞の分化不全を行動異常発症の主要因と位置づけることができるものと考える。
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