遺伝性多動マウス(BUN/Idr)は、旋回、多動を主徴とする行動異常マウスである。その病態が単一の常染色体性劣性遺伝子の支配下にあることが知られていたが、我々は、BUSホモ固体が内耳聴覚器・平衡器いずれにも著明な病変をもつ"waltzer-shaker"ミュータントに属することを病理組織学的に明らかにした。また、末梢平衡器の機能障害と行動異常との因果関係を調べるために行った迷路機能破壊マウスの運動機能に関する調査結果は、迷路破壊マウスとBUSホモ固体との運動異常性が極めて酷似していることを示した。このミュータントは、中枢に多数の液胞状病変(スポンジ状病変)をもつが、遺伝的交雑実験の結果から、この病変は行動異常と関連のない病態であることがわかった。胎生後期のBUSマウス中枢脳幹部に死細胞塊が頻繁に出現する事実が認められたが、ヘテロ個体の中枢にも低頻度ながら死細胞塊が観られた事から、この現象も行動異常の原因因子とはならないものと考えられた。さらに、中枢でのタンパク質過リン酸化との関連から、プロトオンコジーンc-mosのBUSマウスにおける異常発現の可能性をリボヌクレアーゼプテクションアッセイ法により検索した。その結果、ホモ・ヘテロ個体間で発生のどの時期においても、中枢でのc-mos転写産物の量的違いはみられなかった。これまでのところ、行動異常と直接結び付く中枢における形態的、物質的異常は認められていない。責任因子を物質レベルで検索する一環として、内耳の組織発生・分化の異常解析に有用な単クローン抗体の作製を行い、これまでに平衡器、聴覚器の細胞・組織を特異的に認識し、BUSあるいは他の"waltzer-shaker"ミュータントの解析に有用と思われる抗体を産生する3種のハイブリドーマをクローニングした。遺伝子レベルでの調査として、生後7日齢ホモ・ヘテロ個体の分離膜迷路よりRNAを調製し、mRNA differential disply法により責任因子遺伝子を直接同定する方向性を模索した。これまで、ホモ・ヘテロ間で数種のmRNA発現量の違いを認めており、northern解析による確認分析作業に入っているが、補助金交付年度内に責任因子遺伝子を特定するまでには至らなかった。
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