人工現実感技術(AR)を医療に応用する際において、安全性や対人配慮の観点から、何らかの作業・操作を行った場合の現実感を与えるためには視覚・聴覚情報のみならず、少なくとも力覚情報を呈示する必要があると考えられている。本研究においては、我々が開発した新しいアクチュエータがAR用の力覚情報デバイスとして応用可能かを基礎的に研究することを目的とした。このアクチュエータは形状記憶合金(以下SMAと略す)を用い、SMAの長所を生かし、かつ短所を改善したものであり、広く生体・生物を取り扱い可能なように、柔軟で安全性の高いかつ静粛なアクチュエータである。 ハードウェアの製作に関してはほぼ計画通りの進展がみられた。すなわち、本力帰還装置とデータグローブとを組み合わせ、人工ハンドとするシステムの試作を行なった。また、これに必要な人工現実感技術用ソフトウェアの開発を行なった。 その結果、原始的ではあるが力の呈示が可能な装置の実現をみた。しかしながら、その呈示する反力が数量的に表現不可能であった。そこで筋電図その他による評価方法を検討した結果、筋電図による評価では個人毎にキャリブレーションを行えば十分定量的反力を呈示可能であることが明らかとなった。 今後はシステムの完成(データグローブと力帰還装置を組み合わせた視覚・聴覚・力覚を呈示可能かつ、手指の運動および圧力入力の可能なより高度なARシステムの完成)が課題であるが、一方「仮想現実感的生理学」という新しい分野の研究の必要性も明らかとなってきた。したがって、本研究の成果は単なるハードウェアの実現以上のインパクトを与えるものと考えられる。
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