本研究は縄文時代の食生活を考察する一つの指標として、残存有機物、特に脂質に焦点を当てた。土器表面に吸着された脂質は、分解されやすいが、土器内部に閉じ込められた脂質は、空気や微生物等の影響から免れてる可能性がある。そこで、基礎データを得る為、土器モデルを作成し、初年度は脂肪酸とトリグリセリド標準物質を土器モデルに浸透させ、回収方法と分析方法の確立及び、回収率と標準物質の構造との関連を調べた。脂質は、炭素鎖の短い方がより回収されやすく、また、不飽和結合を持つ方がより回収されやすい事が分かり、脂質の構造と土器との相互作用が回収率に関与していることが示唆された。次年度は食用種子から油を抽出し、土器モデルに浸透させ、回収実験を行い、従来種子に含まれている脂質の組成と回収された組成の比較を行った。また、脂質の濃度を変えて土器に浸透させ、脂質と土器との相互作用を調べた。C18:2が主成分であるオニグルミは、高脂質/土器濃度時には、ほぼ、定量的に回収され、その組成もほとんど変化しないが、低脂質/土器濃度時では、回収率は減少し、組成も二重結合を2つ以上持つ成分が著しく減少する。しかし、C18:1が主成分であるツバキは、脂質/土器濃度を変えても回収率、組成、共に大きな変化は見られなかった。最終年度はオニグルミの脂質を土器モデルに浸透させ、土壌に埋蔵し、土壌の影響を時間を追って調べた。脂質の回収率は埋蔵直後から急激に減少するが、約6週間以降約10%でほぼ一定となる。組成は、二重結合を多く持つ成分の方がより急激に減少する。空気中で放置した場合は回収率の減少がより緩やかで、土壌の影響が著名である事が分かった。土器内部に閉じ込められた脂質も外部の影響を免れないことが明らかとなった。特に二重結合を多く含む脂質は不安定で、これらを多く含む脂質の組成分析から従来の食物を推定する際には充分な注意が必要である。
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