本研究においては、具体的な神経回路モデルを構築し、カオスの情報論的意義の一側面を明らかにした。具体的系として嗅球の神経回路モデルをつくった。嗅球内には僧帽細胞と顆粒細胞が存在し、ネットワークを構成している。嗅球モデルとして二層回路を考えた。僧帽細胞から顆粒細胞へは興奮性結合があり、結合は一対一とする。逆の結合は抑制性で多対一とする。僧帽細胞同士には興奮性結合があるとする。なぜならリーとホップフィールドが仮定した抑制性結合では、カオスは出現し得ないからである。各層の細胞数は10前後とし、同〓境介条件のもとでシミュレーションを行なった。ここでは個々の“細胞"は細胞群を表現していると考え、フリーマンによって実験的に決定された細胞群の集合電位に関する入出力関係を仮定した。これは非対称シグモイド関数で、単一ニューロンの入出力関係を決める対称シグモイド関数とは異なっている。 ネットワークの応答は、この研究のために新たに開発したリアプノフ数の新しい計算法を使って調べた。顆粒細胞から僧帽細胞へのネガティブフィードバックの結合強度を、ヘブ学習のアルゴリズムで変化させた。学習は嗅球の集合電位がカオス状態であるときに行なった。異なる入力パターンの学習に対して多くの実験を行なった。実験の度にリアプノフ指数を計算し、動的状態を決定した。 その結果、70%のサンプル入力で学習後のリアプノフ指数は低下した。しかし、残りのサンプルにおいては、逆に学習によりカオス性が増し、軌道の多様度が増大した。このことは、カオス的活動の中にパターンを埋め込めることを示している。 さらに、僧帽細胞群の集合電位に対して相互情報量を計算した。僧帽細胞間と入力と僧帽細胞の間の相互情報量の2種の計算を行なった。その結果、ここで得られたカオスは、入力情報および僧帽細胞群の活動度をともに十分長い時間にわたって貯える能力、すなわち情報構造を有していることが判明した。これらは記憶やイメージの長期あるいは中期の保持にカオスが関わっている可能性を示唆している。
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