代謝ネットワークにおけるアロステリック制御を解析するために、今年度はまず酵素に対する小分子阻害剤・活性剤に関する情報をBRENDAデータベースから抽出した。この部分の信頼性が今後の解析に大きく影響を与えるので、特に生物種ごとに実験で報告されている情報かどうかを判断基準として自動で抽出するプログラムを作成した。さらに、抽出したデータをmySQLでWebインタフェースを通して検策できるようにした。 これにより対象生物種を増やすことができるようになったので、当初予定していた大腸菌に加え、酵母、ヒト、マラリア原虫の情報をデータベース化した。それぞれに対して、解析に十分耐えうると思われる1000以上の制御関係を抽出することができた。このデータをネットワークとして解析したところ、いずれの生物種においてもスケールフリー構造を観測することができた。スケールフリーの指数に関しては生物種により若干の違いが見えたが、その違いが有意かどうかは現時点では不明である。また、クラスタリング係数を計算した結果、ネットワークにおける階層性は観測できなかった。今後さらに生物種を増やすことにより、この傾向が一般的なものかどうかを示すことができると考えられる。 各生物種における制御分子について具体的に調べてみると、大腸菌や酵母では解糖系・クレブス回路といったエネルギー生成パスウェイに関わっている分子が多く、ヒトではcAMPやリン脂質などのシグナル分子が多いことが見えてきた。このことは単細胞生物と多細胞生物に対する進化圧の違いを表していると考えられる(単細胞生物では外界の環境変化により敏感であり、多細胞生物では近隣の細胞との相互作用に敏感であるはずである)。ATPは全ての生物種において最も多く使われる制御分子であった。一方、NADやNADPは代謝系ではATPと同じような働きも持つにもかかわらず、制御分子としての関与はATPよりはるかに少ないことが分かった。ATPがリン酸基を渡すのに対し、NADなどはプロトンを渡すので、この化学変化の大きさの違いが酵素の認識に影響を与えているのかもしれない。制御分子として利用される化学構造の違いは今後より詳細に調べる予定である。 初期段階のネットワーク構造の解析は近いうちに完了し、Leibniz Institute of Plant Genetics and Crop Plant Researchのシュライバー博士のグループと共同研究を始める。彼らのMAVistoツールを制御ネットワークにおけるモチーフ構造の探索に応用する予定である。その後、転写・翻訳における遺伝子制御と代謝系における低分子制御の関係を解析する。
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