本研究では、現代インドにおいて広汎に受容されている印刷物の宗教画をポスター宗教画と呼ぶ。ポスター宗教画は、民衆レベルの宗教実践を形成するモノとして宗教文化に多大な影響を与えていると指摘されながら、これまでその制作やそれを対象とする礼拝儀礼の実態に関しては明らかにされてこなかった。 本年度は夏期に現地調査を行い、ポスター宗教画の制作・流通・受容の一連の流れを把握すると共に、特に制作現場に着目し、1990年代から顕著にみられる印刷業のデジタル化に伴うポスター宗教画の制作過程の変容と流通する図像の現代的展開について検討した。この調査結果は博士予備論文として在籍機関へ提出している。本博士予備論文では、まず現在インドで地域やカースト間差異を超えて流通するポスター宗教画の性質を理解するために、印刷紙としての素材性に注目することも重要であると指摘し、従来の礼拝対象物に用いられていた自然素材(石や木等)と印刷紙という素材の差異が、それまで神像制作において重視されていた様々な儀礼的・カースト的規制からポスター宗教画を自由にしている点を論じた。また制作現場調査と一次資料の分析から、消費者の多様化により求められる図像が多様化している現状に関して、その特徴として以下の二点を挙げた。一点目は現代インドにおいて地方性やカースト帰属に基づいたアイデンティティが再度重要になってきていることであり、これは現代インドで高揚しているアイデンティティ・ポリティクスと連動した動きと捉えられる。二点目は「脱神話的・脱物語的」図像が増加している点である。それら神話の意味世界に依拠した神学的・図像的正統性が求められないポスター宗教画には、人々が現世利益を求めようとしていることを論じた。この図像の現代的特徴に関しては、京都大学人文科学研究科における共同研究班「フェティシズムの文化・社会的文脈」研究会においても発表を行った。
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