電離放射線は、それがもたらした損傷の修復後においても、遺伝的不安定性の誘導を介して突然変異を誘発しつづける。これは真核生物に広く保存された現象だと考えられており、とくに高等多細胞動物では、被損傷細胞で惹起される活性酸素産生量の増大によって、損傷を受けた細胞のみならず周辺の非損傷細胞にも遺伝的不安定性が誘導される。それに加え、細胞がエピジェネティックなメカニズムによって損傷を記憶し、その下流で遺伝的不安定性が誘発されるという、活性酸素には依存しない系の存在を示唆する報告が近年増加している。 私は、分裂酵母をモデル生物として選び、損傷記憶のエピジェネティックな分子機構の理解を目標に、電離放射線が誘発する遅発性の相同組換えに注目して研究を進めてきた。これまでに、照射で誘導された不安定性はX線量に依存せず約8回の細胞分裂を経るまで持続すること、組換え頻度は線量に依存すること、組換頻度の上昇は複製フォークの進行方向とは大きな相関がないこと、ならびに、組換えはRad51に依存している可能性が高いことを示してきた。 平成18年度に行った解析を次にまとめる。 1.損傷記憶の持続期間は分裂回数に依存的で、損傷後の温度・時間には依存しないことを明らかにした。 2.遅発性の組換えは活性酸素によって起こるものではなく、記憶は核内に存在している可能性が高いことを明らかにした。 3.HOエンドヌクレアーゼによる位置特異的DNA二本鎖切断の導入により、損傷が起こった染色体と別の染色体上においても組換頻度の上昇が見られることを明らかにした。 4.GFPタグをつけた修復系の遺伝子産物の損傷後の挙動を観察できる実験系の作製を開始した。現在までに、組換え経路の最上流に位置するRad22(ヒトRad52ホモログ)の活性化の程度が、損傷修復の数世代後までベースラインよりも高いままになっていることが観察されている。 5.遺伝子発現プロファイルの比較により、遅発性の組換えがおこる期間に発現量が増大する転写産物を約40、組換頻度がベースラインに戻った後も転写量の変化が持続する転写産物を100以上検出した。
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