電離放射線等によるゲノム損傷は、それが修復されたのちにおいても突然変異頻度を上昇させる。そのためには細胞が「損傷を受けたこと」を記憶しておく系が必要である。我々は、損傷修復から約10世代にわたって組換え頻度を高く保つ分裂酵母をモデル生物とし、組換え変異に注目して遅発性突然変異と損傷記憶の分子機構の解明を目標に研究を行ってきた。 平成19年度の研究成果は、次の4点である。 1.パルスフィールド電気泳動法と細胞周期解析を利用して、遅発性組換え変異が修復されずに残っている損傷によるものではないことを明らかにした。 2.損傷修復後も比較的長期にわたってリン酸化が起こり続けるRad26(ATRIPホモログ)は、分子機構の一端を担っていると推定されていた。そこでリン酸化サイトに変異を持たせリン酸化を起こらなくしたが、遅発性組換えは影響を受けなかった。このことは、少なくとも分裂酵母においてはRad26の遅延的なリン酸化は遅発性組換えの発生や損傷記憶の維持には関与していないことを示している。 3.損傷から回復した細胞内で遅発性に見られるRad22(RAD52ホモログ:相同組換えの最上流分子)のフォーカス形成が遅発性に見られる組換え頻度の変化とよく対応していることを発見した。これは、遅発性組換えの上流にRad22が存在し、損傷記憶の下流で活性化を受けていることを示唆する結果である。 4.前年度に高カバー率遺伝子発現プロファイリング(HiCEP)法を用いてスクリーニングされた、損傷後に分裂を再開した細胞内で転写量が変化し続けている転写産物をクローニングした。クローニング後の機能分類から、ゲノム損傷からの回復後も転写量が変化を続ける転写産物の大部分は代謝経路の遺伝子に由来していることが明らかになった。この結果は転写制御のバランスが損傷記憶と密に関連している可能性を示唆している。 これらの結果は、分裂酵母における損傷記憶がエピジェネティックに起こっている可能性と、はじめの損傷の位置と関係なく組換えが起きている可能性を示している。Rad22を損傷記憶の分子マーカーとして用いたことと、損傷修復後長期にわたって転写量が変化する遺伝子の同定は他に例を見ない成果である。
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