フィレンツェ、オルサンミケーレ聖堂のオルカーニャ作「タベルナーコロ」(1352-59年)とその内部に納められたベルナルド・ダッディ作《恩寵の聖母》(聖母子図板絵、1347年)が、1348年にフィレンツェ共和国を襲ったペストとどのような関係にあったのかを解明するにあたり、以下の事柄について調査し、その成果の一部を学会等において発表した。 1 「タベルナーコロ」の頂に立つ天使の存在に注目し、これが、いずれもペストに関連する逸話であるところの、ヤコブス・デ・ウォラギネ著『黄金伝説』(1267年頃)中の「聖グレゴリウス伝」ならびに『旧約聖書』「サムエル記」下24:1-25に登場する天使を表している可能性が高いことを、1348年にフィレンツェの町を襲ったペストを受けて記された文書に照らしながら明らかにした。 2 「タベルナーコロ」の基部に浮き彫りで表された「聖母マリアの生涯」の諸場面の典拠となった史料として、この作品の制作をオルカーニャに依頼した「オルサンミケーレの聖母同信会」でも歌われていたと考えられ、フィレンツェ国立図書館にも残る「ラウダリオ(讃歌集)」に収録された讃歌を挙げ、その内容と図像構成の比較を試みた。 3 以上の調査内容に基づき、「タベルナーコロ」が1348年のペストの終焉を感謝するエクス・ヴォートとして制作された作品であること、またその制作にはフィレンツェ共和国政府が関与していると考えられることを、11月に行われた「美術史学会東支部例会」において、口頭発表した。 4 「タベルナーコロ」に納められている、病を癒す奇跡を起こすと信じられていた聖母子図において、幼児イエスが手にビワを握っていることに注目し、同様の図像が14世紀後半以降に多く制作されるようになっていくことから、この図の隆盛の背景に、ペストの際に信仰をあつめたこの聖母子図が存在する可能性を紀要論文の中で指摘した。
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