フィレンツェ、オルサンミケーレ聖堂のオルカーニャ作タベルナーコロ(1352-59年制作)とその内部に収納されているベルナルド・ダッディ作《恩寵の聖母》(1347年)が14世紀のフィレンツェ共和国において担っていた政治的役割について、第一に14世紀イタリア都市国家社会における政治と美術の関わりという観点から、第二に1348年のペスト被害の関与という観点から明らかにし、その成果を博士論文および雑誌論文にまとめた。 第一の点については、前年度までに行ってきた調査で確認した、当時のイタリア都市国家社会における「奇跡を起こすと信じられた聖画像」への崇敬の高揚と、そうした画像を衆目に開示する儀式の普及があった事実に基づき、オルサンミケーレ聖堂内の作例がそうした現象の一つに位置付けられることを、博士論文において示した。また同論文では、これらの作品の注文主であり、その保護や公開の任にあたっていた「オルサンミケーレの聖母同信会」の会則集資料を精読し、この会が行っていた《恩寵の聖母》の板絵を称揚する儀式に対するフィレンツェ共和国政府の介入が、1348年にフィレンツェの町をペストが襲った後の14世紀後半に確認されることをも指摘した。 第二の、オルサンミケーレ聖堂における二作品とペストとの関連性については、前年度までの調査に基づき、「タベルナーコロ」の基部に浮き彫りで表された「聖母マリアの生涯」の諸場面は、「オルサンミケーレの聖母同信会」でも歌われていたと考えられる聖母マリア讃歌を典拠として構成されていること、また、この讃歌の存在は、フィレンツェにおける1348年のペストの鎮静をもたらした「奇跡の聖母の図(=《恩寵の聖母》)」をたたえるものであること、よって、ペスト後に制作された「タベルナーコロ」は、いわばペスト終焉の記念碑として計画された作品と考えられることを、雑誌論文において指摘した。
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