前年度までの抽象的なモデルの解析から得られた知見を基礎として、今年度は具体的な実験と比較することを念頭に、二種類の理論モデルを解析した。 第一に、Vanmaekelberghらによって提案されている、半導体微粒子の混合系での電子輸送に関する境界摂動実験のモデルを考察した。まず、彼らのモデルから、基本的な要素を抽出することにより、その本質をとらえた、より単純なモデルを構築した。次いで、そのモデルを解析し、境界摂動に対する線形応答の範囲内では、定常状態における電子の端から端への到達時間分布が応答関数になっていることを明らかにした。この対応関係は、これまでの抽象的なモデルから得た予想と整合しており、到達時間分布に基づく境界摂動実験の理解が有用であることを示唆している。 第二に、DNA分子を介した電子移動反応に対して、境界摂動型実験の適用可能性を考察した。これまでに、DNA分子の両端に色素を結合し、光子の照射で電子が励起するように工夫することで、励起した電子がDNAを介して他端に移動する反応(電子移動反応)を観測する実験が多数、行われている。この実験を境界摂動型に発展させることを目標に、Okadaらが提案している密度行列の時間発展に基づくDNAを介した電子移動反応のモデルを考察した。その結果、モデルを拡張することによって、照射光の強度を摂動とする境界摂動実験が表現できることを明らかにした。
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