エウリピデス悲劇におけるコロスの役割を分析することが筆者の研究課題である。今年度は『エレクトラ』における女性コロスを取り上げ、彼女らが主要登場人物エレクトラ(El.)とポリスとの疎隔を明瞭にするとともに、両者を繋ぐ役割をも担っていることを論じた。その過程において、本劇の女性登場人物を取り上げ、女性としての在り方が、当該人物と劇中ポリスの関係性に密接に結びつくものとして提示されていることを指摘した。 古代ギリシアにおいて、女性は婚姻を境に、乙女parthenosと妻(特に出産後の女性)guneに区分される。しかし他方で、「花嫁」を原義とし、婚姻適齢期の娘から、出産後の女性までを指すnumpheという語が存在する。筆者はこの語に注目し、それが客観的、社会的な身分や女性の身体的状態を指すのではなく、婚姻を媒介として語られる女性性を指示する様相語である可能性を提示した。 本劇のEl.は、社会的には既婚だが身体的には乙女であり、女性として十分に生きる可能性が閉ざされている。一方クリュタイメストラ(Kly.)は、妻であり母親として十全な女性として描かれる。この二人に対し、コロスは恐らく婚姻適齢期の娘であり、乙女という意味ではEl.と共通するが、未来の結婚成就の観点からはKly.に通じるのである。 こうした女性性の相違は、各々が取り結ぶ劇中ポリスとの関係の相違に繋がっており、それはポリスにおける地勢的配置にも表れている。Kly.が女王としてポリスの中心に位置するのに対し、El.は婚姻によって国境地帯へ追われ、ポリスから疎外されている。そして、コロスは国境地帯に暮らしつつも、ポリスとの紐帯を保つ。またコロスは、El.とも親愛関係を築いていることから、本劇において多層的な共同性を担っていると考えられる。このように女性性に着目した分析を通じて、本劇におけるコロスの役割の一端を示し得た。
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