研究概要 |
NMRがもたらす情報の量・質はともに、あらゆる分光学の中でも群を抜いている。このため、NMRは化学を中心とする実験科学の諸分野において、不可欠の方法としてきわめて幅広く用いられている。よって、NMR化学シフトの発現機構を理論的に解明することは、理論化学における重要な課題のひとつである。これまでに、ハロゲン化水素や銅、亜鉛、水銀などの金属化合物中のプロトン化学シフトが盛んに研究され議論されてきたが、金属核に関しては未だ十分な議論がなされていない。そこで本研究では、工業的に利用される種々のMnカルボニル錯体の^<55>Mn-NMR化学シフトを計算し、実験値との比較を行うと共に、電子相関効果が各化合物の化学シフトにもたらす影響を考察した。 本研究の対象分子は、Mn(CO)_5X (X=H,F,Cl,Br,I,CH_3)である。NMRの計算はRHF/6-311G(d,p)レベルと電子相関を含めたMP2/6-311G(d,p)レベルで行った。分子構造の最適化はMP2/6-311G(d,p)レベルで行った。全ての計算はGaussian03を用いて行った。 まず最適化された分子構造について検討する。構造の実験値はMn(CO)_5HとMn(CO)_5Clが報告されている。計算値のMn-CとMn-Xの結合距離はともに0.1Åほど実験値に比べて短くなった。ただし、実験値が30年以上前のデータであることから、単純に比較するのは難しいかもしれない。 つぎにRHFによるNMR化学シフトの計算値について検討すると、計算値はほぼ実験値を再現しており、誤差は最大でも5%ほどである。また、遮蔽定数を解析した結果、これらの分子の化学シフトの主要因項が常磁性項であり、それが主に3dπ→3dσ遷移に起因していることを明らかにした。これらは従来の解析結果を支持している。 また電子相関について検討すると、MP2による計算値と実験値との一致は悪く、誤差は18〜62%になってしまった。これは次のような理由が考えられる。一般にNMRの計算では内殻の軌道が重要な役割を果たすと考えられている。しかし今回用いたMP2法では内殻の軌道を考慮していない。そのため実験値との誤差が大きくなったと考えられる。現在、内殻の軌道を考慮したMP2計算を実行中である。
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