研究概要 |
発達期の動物では、片方の眼を遮蔽(片眼遮蔽)することによって一次視覚野における可塑的変化が促され、皮質細胞は遮蔽眼に対する反応を失う(眼優位可塑性)。このような変化は、臨界期と呼ばれる生後の一時期に強く見られ、発達脳の可塑性の代表例として広く研究されている。様々な分子がこの可塑性に関与していることが報告されているにもかかわらず、可塑性発現メカニズムについて不明な点は未だ多い。 ERKは眼優位可塑性発現に必要な分子であることが報告されており、私は免疫組織化学染色法・ウエスタンブロッティングによって、ERKの活性化型であるリン酸化ERKへの片眼遮蔽の影響をラット一次視覚野で観察した。その結果、片眼遮蔽によって遮蔽眼入力領域のII/III層でリン酸化ERKが減少するという視覚入力依存的な変化を示したが、このような変化は臨界期のみではなく、成熟期の動物でも観察された。一方で細胞内局在に注目すると、臨界期特異的に片眼遮蔽による核内でのERK活性の増加が観察された。 次に、この臨界期特異的な核内ERK活性の増加の経時的変化について観察したところ、12時間の片眼遮蔽を行った動物では増加は観察されず、24時間の片眼遮蔽で増加率は最大になり、その後3日から7日間の片眼遮蔽で増加率は徐々に低下することが観察された。この結果は臨界期にERKの核シグナルが片眼遮蔽によって一過性に増加することを示す。また、その時間経過は眼優位性の変化のものと似ており、臨界期の可塑性発現にERKの核シグナルが重要な役割を果たしている可能性が考えられる。 さらに、リン酸化ERKへの麻酔の影響を詳細に観察した。その結果、リン酸化ERKはペントバルビツール麻酔によって大脳皮質全体で大幅に減少し、その減少はイソフルラン麻酔によっても観察された。このことから、ERKのリン酸化は種類に関わらず,麻酔の影響を受けやすいことがわかった。
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