土地の社会的な効果の重要な側面として、特定の社会を生きる主体の同一性の担保が挙げられる。今年度は近代日本社会を範例にとり、産業化と消費社会変容を経てもなお、地域的かつ主体的同一性が感覚されている現象として、地方商家町をとりあげた。そこで営業・居住している約30店・家族の一世紀におよぶ生活史データを収集し、土地=建築環境の変容と主体の同一性との関係を明らかにした。 分析の含意は第一に、土地=建築環境の同一性が考えられている以上に損なわれている事実である。近世以来の同族経営や町組織は、日露戦後の産業化と連動して崩壊しはじめ、戦前にはほぼ形骸化していた。この傾向は戦後も一貫して続き、人的=主体的な同一性はほぼ失われている。 第二に逆説的であるが、断絶をもたらしたはずの災厄や産業・消費社会そのものの効果によって、商家町が維持されてきた点を明らかにした。すなわち第一に、断絶によって世代の偏りが生まれ、相対的に結合の容易な世代間の組織化や、世代交代による町組織の機能維持が促されている。さらに第二に、産業・消費社会による富裕化によって資産収入の比重が高まり、家業ではなく家産の形式で人的なまた建築環境の連続性が保たれているのである。 つまり地方商家町の同一性をめぐっては、(1)産業・消費社会とそれによって増幅された災厄によって決定的な断絶を被っているが、(2)この断絶そのものの効果によって連続性のある種の幻想が喚起されているのである。こうした逆説的なメカニズムは、社会学はもとより経済史や都市計画の分野でも明らかにされてこなかった意味で、学際的に有意味な研究成果が挙げられた。 またプラクティカルにも有効な知見だと考えられる。現在、地方商家町の多くは危機に瀕しているとされている。そこで本質的に求められているのは、その危機意識を歴史的に相対化し、商家町の同一性をどの水準に設定するかという作業だからである。
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