海洋生物は特異な構造や、強い生理活性を持つ二次代謝産物を産生する。それらの中には、高度に官能基化され、多数の炭素原子が一本鎖で連なった、「超炭素鎖化合物」と呼ばれる化合物も存在する。海洋生物がなぜこのような複雑で巨大な化合物を産生するのかは謎であり、この問題を解決するために、まず、その足掛かりとなる知見を得るため、腔腸動物イワスナギンチャク毒パリトキシンを対象として、溶液中における分子全体の立体配座の解析研究を行なうこととした。これまでに、パリトキシンの立体配座に関する研究は、分子物差しの概念を適用して、炭素鎖末端間の距離を推定したのみである。 そこで、原子間力顕微鏡によってパリトキシンの分子全体の形の観察を行うことを計画した。まず、パリトキシンの炭素鎖両末端にフラーレンを導入し、パリトキシン-フラーレン結合体を基盤表面に乗せて顕微鏡観察し、分子内の2個のフラーレン間の距離から、分子全体の形を明らかにすることとした。 種々検討の結果、パリトキシンの両末端へのフラーレンの導入に成功した。しかし、パリトキシン-フラーレン結合体が非常に凝集しやすく、結合体一分子の観察を行うことができなかった。そこで、別の方法を検討することとした。 溶液中のパリトキシンの形を観察する別の方法として、X線小角散乱測定を検討することとした。その実験結果と、モデル計算によって得られた結果との比較により、溶液中の分子の形を明らかにすることとした。 パリトキシン水溶液の小角散乱測定は、強力な光源である放射光を利用することにより行うことが可能であった。測定結果の解析から、活性の発現に関与するとされるパリトキシンのアミン末端をアセチル化した誘導体は高濃度でも単量体であったのに対し、パリトキシンは低濃度でも二量体であることが判明した。現在、さらなる測定結果の解析、及び、モデル計算を行っている。
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