本年度は、探針加圧近接場ラマン分光法を開発し、カーボンナノチューブの分析へ応用し、その有用性を実証した。具体的には銀をコーティングした金属探針の先端でCNTに一軸性応力を段階的に印加しながらラマンスペクトルを測定し、CNTに対する探針の圧力印加効果を検証した。その結果、カーボンナノチューブのラマン散乱の振動数が変化することを見出した。銀ナノ探針とカーボンナノチューブそれぞれのヤング率、ポアソン率、曲率半径をもとにヘルツの弾性接触理論解析をおこなった結果、圧力印加による振動数変化はチューブ形状の歪曲に起因することがわかった。 さらに、探針の圧力下でCNTのラマン散乱光強度が増大することも見出した。この時、探針の圧力下でCNTの光学遷移エネルギー(バンドギャップエネルギー)が励起光のエネルギー(2.33eV)に近づき、共鳴ラマン効果が作用した。また、直径が異なるCNTでは、圧力下でバンドギャップエネルギーが励起光のエネルギーから遠ざかり、散乱光強度が減少した。さらに、印加圧力に依存して、ラマン散乱高強度が不可逆的な応答を示した。この時、CNTは圧力下において塑性的に変形した。CNTの塑性変形を誘起する印加応力の閾値は、2nN〜4nNのオーダーであった。 探針とCNTが力学的に相互作用する面内領域は1nm^2程度であった。この相互作用領域は探針加圧近接場ラマン顕微鏡の空間分解能に対応し、表面プラズモンポラリトンによる電磁気学的相互作用領域(40nm程度)よりも1桁以上小さい。このことより、探針圧力効果を利用することで空間分解能が向上することがわかった。 以上のように、本研究で開発した探針加圧近接場ラマン分光法は、試料の分子構造のみならずナノメートル領域における電子物性・機械物性をも分析できることから、これまでの近接場ラマン分光法にさらなるブレークスルーを与えるものと期待する。
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