まず、水溶液中におけるポリアミン(スペルミジンおよびスペルミン)と核酸の一つであるATPとの相互作用を取り上げ、溶液中におけるポリアミンの動的な構造をNMRにより解析した。スピン結合定理からATPの有無によるポリアミンの動的配座変化を比較したところ、ポリアミンはATPと相互作用するためにゴーシュ配座を増やして窒素間距離を縮めていることが分かった。この結果から、ポリアミンと核酸との相互作用にはポリアミンの窒素間距離が重要な役割を果たしていることが示唆された。そこで、ホモスペルミジン(N-C_4-N-C_4-N)、ノルスペルミジン(N-C_3-N-C_3-N)、またジエチレントリアミン(N-C_2-N-C_2-N)などといったアルキル鎖の長さが異なるポリアミンを調整し、ATPとの親和性およびATPase活性を比較してみた。その結果、ATPとの親和性はノルスペルミジンが大きく、このトリエチレン構造がATPの三リン酸部分と相互作用するために重要であることが分かった。また親和性の大きさに伴い、ATPase活性の上昇した。 次にポリアミンとATPの相互作用時における水の運動性を比較した。170-NMRを用いて縦緩和時間を求めることにより、水の熱運動の指標となる動的水和数を算出し、ATPのみの場合とATPにスペルミジンを加えた場合とで比較してみたところ、動的水和数に大きな差が見られた。これは、スペルミジンがATP周りの水和構造を安定化させていることに起因していると考えられる。 これらの結果から、ポリアミンはATPの三リン酸部分に結合することで、その構造を変化させ、また周囲の水和構造を変化させることで、酵素のバインディングポケットに入ることを阻害し、ATPの加水分解反応を調節している可能性が考えられる。以上、研究計画通りフレキシブルな分子の構造と分子認識、水和についてある程度を解明することができた。
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