本年度の研究活動は現地調査・論文・口頭発表の3つに分けることができる。 現地調査については、昨年度に引き続いて4月から8月初旬にかけて、中国雲南民族大学を拠点に中国雲南省のロロ=ビルマ諸語の記述調査を行った。特にこれまで比較的長期にわたって調査してきたチノ語悠楽方言をはじめとして、チノ語補遠方言・ハニ語墨江方言・アチャン語梁河方言・ラフ語モンハイ方言のデータを採集した。チノ語悠楽方言は自然発話を中心に採集し、作例はこれまでの不明箇所を中心に調査した。残りの4言語については基礎語彙データを中心に採集した。 論文としては2本発表した。論文「チノ語の-m*の多機能性 ---漢蔵語と対照しながら---」では、チノ語の接尾辞-m*が表面的には「名詞化」「補文化」「関係節化」「過去」の4用法を見せるが、それらは本質的には「名詞化」と「関係節化」の2種の機能に整理できることを指摘した。論文「チノ語の疑問文末に現れる3つの助詞について」では、チノ語の疑問文末に現れる助詞の振る舞いは、従来真偽疑問/凝問語疑問の区別によると考えられていたが、名詞述語文/動詞述語文という述語の性質にも関係していることを指摘した。 口頭発表は3回行った。口頭発表"Youle Jino Vbice"(9月)ではチノ語悠楽方言のヴォイスについて記述し、それをチベット・ビルマ系およびタイ語などと対照した。口頭発表"Youle Jino Adjectives"(9月)ではチノ語悠楽方言の形容詞が動詞語根に名詞化接頭辞を付加した構造をとりながらも、一般的な動詞とは異なる範疇を立てうると論じた。口頭発表「チノ語の声調の共時態と通時態 ---その予備的考察---」(3月)ではチノ語の声調を共時的に記述し、その通時的変化を考察した。 いずれも本研究で扱う地域の言語の記述においては基礎的で、いまだ萌芽的であると言えるものだが、今後の研究進展には不可欠な重要な部分を占めていると考えられる。
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