本年度に行なわれた研究によって得られた新たな知見としてまず挙げられるのは、20世紀初頭のモダニズムからソヴィエト期の社会主義リアリズムに至るまでの一連のウクライナ詩文学が孕んでいる歴史的、民族誌的、宗教社会学的な要素および文学的宿命についての青写真を、辺境という名のトポスとしてのウクライナを介して浮かび上がらせたことである。これを可能にした最大の要因は、文学研究と並行して行なわれたウクライナの地理歴史に関する徹底的な読み込み作業である。その成果は約30年ぶりに改訂される『世界地名大辞典』(朝倉書店)のウクライナに関する項目執筆(約550)にも応用され、ウクライナの地名についての学際的な記述が現代的視点からの問題提起を含んだ形で入念に行なわれている。この作業を通して与えられた問題意識を現代政治と絡ませて論じたものが、「地名から読むウクライナ」である。 文学論としては、時期的には前後するが、「取り憑かれたのは誰か」(口頭発表)において、『悪霊』がレーシャ・ウクラインカ個人の劇的転換点となったばかりでなく、ウクライナ文学に課された「使命」およびその実践をめぐる試練の始まりであったことが示される。この「使命」に対する晩年のレーシャの「回答」が考察されているのが「レーシャ・ウクラインカ再読」(論文)である。そしてこの「使命」を後世の作家たちがどのように受け止め、実践あるいは放棄していったのかについて考察する中で、パヴロ・ティチーナの神話素のテーマを含む問題が、年度を跨いだ4月中旬に「辺境という名のトポス」(口頭発表)において論じられた。リーナ・コステンコを中心とする残りの考察部分については、近々「豊饒なる大地の悲歌」という題目の下に脱稿の予定である。
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