本年度は、欧州合同原子核研究機構(CERN)の反陽子減速器Antiproton Deceleratorを用いて、反陽子ヘリウム原子の紫外光線による二光子吸収分光実験を行った。この新しい分光法を用いると、反陽子原子のドプラー運動による共鳴線の広がりを打ち消すことができるため、従来よりも10倍程度、高い分解能で反陽子ヘリウム原子の遷移エネルギーを探査できる。この実験を行うために、チタンサファイア結晶を用いた新型パルスレーザーを開発して、その光波長をフェムト秒コム装置に同期させることに成功した。結晶中で光の強度を増幅する際、一般に「チャープ現象」と言って出力波長がずれてしまう問題がおこる。そこで、特殊な光電素子を用いて、この波長を帰還法により補正する手法を開発した。また、以前に取得した反陽子ヘリウム原子の高精度データを解析することによって、反陽子と電子の質量比を世界最高の精度で決定することに成功した。この結果は、論文にまとめた。さらに、反陽子を捕獲する超伝導ニオブトラップのRF電極の試作品を完成させて、絶対温度4.2Kの液体ヘリウムの中で動作することを確認した。ニオブ空洞は、一般に「マルチパクター」とよばれる放電現象や、上記の液体ヘリウム中で泡が発生することによる振動など、数々の技術的な問題がある。ここでは高速帰還回路や超流動ヘリウムを使うなどの工夫を行うことで、これらの問題を解消した。そして、所定の10kV/35MHzの高周波を持続的に発生させることに成功した。次の開発では、電子ビームを用いてこのRF空洞中の場の形状などを測定する予定であるが、それにむけて計算機シミュレーションを行った。
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