地震時に大きな断層すべり量を発生させる領域の位置が地震によらず固有であるかどうかを知るためには、少なくとも2例の地震を解析する必要がある。将来の発生が予測されており社会的にも深く関心が持たれているプレート境界型の南海地震では、観測器による時系列データが1946年昭和南海地震にしか存在しないため、それよりも前に起きた1854年安政南海地震などに対して従来のインヴァージョン解析手法が適用できず、歴代の南海地震のアスペリティ領域が一致するかどうかは不明であった。 ところで、1854年安政南海地震に関しては、時系列データは存在しないが、おもに古文書記録といった歴史史料から地震の被害震度、津波の高さ、および地殻変動量の3種類のデータを推定することができる。そこで、本研究では歴史記録から得られた津波の高さデータおよび地殻変動量を入力データとして、アスペリティ領域すなわち断層すべり量分布を推定する同時非線形インヴァージョン手法を提案・確立し、それを安政南海地震に適用した。具体的には、南海地震発生領域を小断層群に分け、その小断層群から発生する津波高の時系列データの時間方向最大値を計算し、それと史料による津波高さとの残差自乗和が最小になるような断層すべり量分布を、Powell(1970)によるHybrid法を用いて求めた。 その結果、安政南海地震の断層すべり量分布は、津波時系列データをインヴァージョン解析した1946年昭和南海地震と同様に、高知県須崎市南方沖、徳島県宍喰町南方沖、および和歌山県紀伊半島南方沖に大きなすべり量があったことがわかった。すなわち、両者の地震のアスペリティ領域の位置はおおむね一致するという結果を得た。また、この断層すべり量分布を用いて経験的グリーン関数法により地震動を推定すると、計算震度分布と史料から得られる震度分布がおおむねよい一致をすることがわかった。
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