本年度はチリイソウロウグモの宿主利用の異なる個体群間における形質相違の遺伝的背景を明らかにした。またこれらの形質相違が個体群間の交配可能性に与える影響も明らかにした。 1.遺伝的背景の解明 1)行動形質 宿主入れ替え実験により、採餌行動レパートリーの遺伝的背景を明らかにした。同一宿主網上で個体群間に差異が検出されなかったことから、採餌行動の違いは可塑性であると考えられた。一方、クサグモ利用個体群はスズミグモ利用個体群よりも積極的に餌を盗みに行くという違いが検出された。クサグモの網内はスズミグモの網内に比べて餌を盗める機会が少ないことから、これは少ない餌資源量に対する適応的な行動と推測される。 2)形態形質・生活史形質 体サイズ、相対脚長の遺伝的背景を飼育実験により明らかにした。餌量と個体群を主効果とした2way-ANOVAを行ったところ、成体サイズ、相対脚長ともに個体群間で差異はみられなかった。しかし宿主網上の餌環境を一部再現できなかった可能性があるため、追試が必要である。一方、同餌条件下においてクサグモ利用個体群ではスズミ利用個体群よりも成長速度が速いことが分かった。これは資源の利用効率あるいは採餌行動の活性の遺伝的な違いを反映している可能性が考えられた。 2.形質相違が交配可能性に与える可能性 個体群間の体サイズの違いは同類交配や生殖器の接触阻害を通じて、それ自体が集団間の遺伝的な交流を遮断する機構となりうる。この可能性を検証するため、両個体群の雌雄を組み合わせて交配実験を行った。その結果、同類交配による交配率の低下は起こらなかった。一方、スズミ利用♂×クサ利用♀の組み合わせで交接中断回数の増加とそれに伴う卵孵化率の減少が見られた。これは生殖器の接触阻害の可能性を示唆している。ただしもう一方の組み合わせで交配成功の低下がなかったことから、この接触阻害が個体群間で非対称的に起こる可能性が示唆された。
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