今年度の研究では、(1)ヒュームの宗教哲学の全体像を明らかにし、(2)さらにヒュームの「奇蹟論」というテキストについて詳細な検討を行った。詳細は以下のとおりである。 (1)ヒュームの神の存在証明批判の議論は高く評価されており、よく知られている。その一方で、ヒュームのテキストには、神を信じることが人間としてやむを得ないことであるかのように読める箇所が存在する。そのため従来の研究では、ヒューム宗教哲学の各論は高い評価を受けながらも、全体としては謎の多い議論であるとされていた。私は彼の複数の文献を詳細に調べ、ヒュームの宗教哲学には懐疑主義的な側面と、人間の心の本性から宗教の成立を自然主義的に説明するという側面の両面が存在することを明らかにした。その成果を学会(2005年6月、日本イギリス哲学会・関東部会)で口頭発表し、その後、論文を執筆した(『イギリス哲学研究』に所収)。 (2)ヒューム宗教論の中で、現在、哲学的な論争の中心にあるのは「奇蹟論」というテキストである。奇蹟論では、目撃証言に基づいて我々は何を信じることが合理的かという認識論的な問題が、極めて異常な出来事である奇蹟というケースを通して検討されている。私は(1)で明らかにしたヒューム宗教哲学の全体像に照らし合わせながら、奇蹟概念が非宗教的な異常な出来事と超自然的力の介入により生じた出来事という二つの意味に分けられていると解釈した。このような理解をすれば、不明瞭だと批判されているヒューム奇蹟論の主張が明瞭に浮かび上がってくることを示し、論文を執筆した(『論集』に所収)。さらに、ベイズ主義の立場から奇蹟論批判を行い、論争を引き起こしているジョン・イヤマンの論文に対する批判的検討を行い、『哲学研究論集』に執筆した。 なお今年度の補助金は、以上の研究を遂行し、口頭発表一回と論文三本をまとめるための多数の文献の購入と諸経費に用いた。
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