研究課題
国際学術研究
本研究の目的は、日米の大学院教育を、現実のカリキュラム運用の実態、教材、指導法、学位取得のプロセス等を中心に比較検討し、あわせて、大学院教育と学部教育との関連、大学院学生に対する経済的支援のあり方について吟味する作業を通じて、日本の実情に適合し、かつ国際化の要請に応えられる大学院教育のモデルと具体的な改善策を提唱していくことにあった。アメリカ合衆国の主に有力大学の社会学学科における大学院教育を中心して、現地調査による聞き取り、資料の検討、授業観察、招聘研究者を招いての調査取材と研究集会、国内での聞き取り調査などの結果、次のような事が判明した。1.プログラム運用の多様性資料分析・現地調査・聞き取り等によって検討した、カリキュラムの構造と内容に関しては、米国の大学院においては〈コースワーク・資格試験・論文作成〉のシーケンスの構造は共通ではあるが、その内容には比較的大きな多様性があることが確認された。資格試験などは呼称からして多様であるが、その性格においても各大学でそれらの大学がおかれているローカルな状況にあわせて実に弾力的に運用が行なわれており、また、頻繁に改訂がなされている。2.「コア」の存在と多様性アメリカの社会学の大学院課程では、「理論」「方法論」「統計学」の3つ組が将来の社会学者に共通して求められる知的な「コア」として考えられており、そしてその「コア」の地位はかなり安定していることが理解された。しかし、その一方で、学問の対象が「社会関係」や「社会の特性」であることには大方の合意が得られるものの、理論的なモデリングや経験的なアプローチの仕方には大きな理解の違いが存在することも確かである。3.多様性と統一の背景上記の多様性の点に関しては、文献研究からもまた聞き取りの結果からも、社会学という学問自体が深刻な対立や断烈をかかえていることがその背景として重要であることが確認された。また、社会問題と常に直接向き合う性格を持つ学問の性格上、問題領域が細分化せざるを得ないこともそれに拍車をかけている。しかし、それにも関わらず、多くの学科では、定量的アプローチがカリキュラムの構造性と体系性を保証する基礎となっている。これは、一つには、恒常的にさまざまなレベル(学問領域、学科、個人レベル)圧倒的な淘汰圧にさらされており生存が最重要課題となるアメリカの社会学および社会学者にとって定量的アプローチは学問上の正統性を確保し、就職マーケットの中で生き残り、また職業上の安定を得る上で有効な戦略であるからに他ならない。定量的なアプローチが優勢になるもう一つの理由は、これがとかくバベルの塔のような状態になりがちな状況に対して共通の理解の土壌と共通の言語を形成し、コミュニケーションと社会的絆として機能しうるからではないかと考えられた。上の1で述べたように、アメリカの大学院は実際の運用がきわめて多様であり柔軟である。日本がアメリカから何かを学ぶとしたら、制度や要件の構造や体系性ではなく、実際の過程や運用の仕方であるに違いない。制度運用の多様性を保証するためには、昨今のシラバス・ブームに見られるような一種の強制的模倣coercive isomorphismのような事態は断じて避けなければならないだろう。制度はローカルな状況にあわせて柔軟に運用される事によってはじめて教育効果という果実を生む。強制やつじつま合わせの模倣は、事態を悪化させるだけに過ぎない。
すべて その他
すべて 文献書誌 (4件)