研究概要 |
1.サヘルおよびスーダンサバナ地帯において,在来の非灌漑ミレット栽培技術についての聞き取りと農具の計測測図をおこない,諸技術要素の地理的分布を明らかにした。〈播種前耕起なし-専用長柄鍬をもちいた複数者による播種-立耨方式での押し出し除草鋤での除草〉を主な技術要素とする在来農耕技術(タイプAとする)がセネガルからチャドに至るサヘルの砂質土壌地帯に広汎に存在することを確認した。また,〈播種前の短柄鍬による耕起-短柄鍬を用いた一人での播種-短柄鍬による深い前傾姿勢での除草〉という組み合わせ(タイプBとする)は主としてより南のスーダンサバナ地帯に分布していた。後者の農耕方式は,さらに南の森林地帯から溢出したものと見られ,Aとは系列を異にする。Aはサヘル固有の農耕方式として定立しうると考えられた。 2.インドの農業生態系は農耕と牛の飼養が不可分の共生的進化を遂げたものと理解される。牛は畜力,堆肥,乳製品などの供給源となり,作物の茎葉残渣や農耕地雑草は家畜飼料となる。このような有機的結合が農村の高い人口支持力の源泉となっている。西アフリカでは家畜飼養と農耕が本来異なる民族集団によって担われていること,肉が利用される一方で畜力や乳の利用技術が未熟であることなど,インドとの基本的な相違がある。このことが西アフリカの農業生態系の成立に与えている影響や制約を明らかにするため,農耕民と牧畜民の混住状況,家畜の流通,有畜農耕技術や堆肥の利用に関する詳細なデータを収集した。 3.マリ共和国のニジェール川に面した農村チオンゴニにおいて現行の農耕方式・土地利用形態と立地・環境との適合関係について調査を行った。ここでは外来技術を基軸とする畜力反転犁耕の導入が土壌荒廃(作土の砂質化や侵食)を加速させている実態とその機構が明らかになった。さらに,村の下流のマルカラ・ダム建設に伴って稲作に適した低湿農地が水没したことから,結果的に残された畑地では休耕による地力回復の余地が乏しくなるなど過重な負担がかかっていた。これらの要因が複合的に作用して,全般的な農業環境の悪化を引き起こしていることが明らかになった。 4.マリ共和国のドゴン高原周辺では局地的に,土壌保全,雨水獲得を目的とした集約的な土地利用がみられる。岩盤台地上に位置するサンガ村および平原部に位置するバンカス村において農民による伝統的土壌管理法および土壌肥沃度認識を記録し,さらに土壌の化学分析を行って,在来技術の環境適合性を評価した。 5.マリの広い範囲で主食とされているトウジンビエの畑には,脱粒性をもつ雑草型が高頻度で混在し,作物に準じて収穫利用されている。これは作物栽培化の移行的形態をとどめるものと考えられる。サヘルに属するドゥエンツァ地方の農民はこれを普通の作物型よりも先に収穫し,また早生で乾燥に強いなど一定の価値を認めていた。脱粒型が農民によって播種されることがないにもかかわらず毎年出現する理由は,採集したサンプルの栽培実験の中で明らかになろう。 6.温帯先進国→熱帯開発途上国ではなく,熱帯地域間での農耕技術移転の可能性を探ることが本調査計画の主たる目的であった。調査の中で,インド・デカン高原のミレット栽培を中心とする在来農法が,きわめて洗練された環境調和的な技術として,熱帯半乾燥地農業のモデルとなりうることが再確認された。その主要な要素として,畜力利用とそのための農具の多様な発達,畜力除草と茎葉の飼料化に適した条播,目的や環境に応じた多様な混作,土壌保全的な浅耕,家畜糞の堆肥化などがあげられる。これに関連して,以下の諸点が今後検討を要する事柄として提示された。 (1)インドのミレット作の地理的多様性の中で,より乾燥地・砂質土壌に適応したラジャスタン地方の在来農法を可能なモデルの一つとして分析する必要がある。 (2)サヘル・スーダン地域の在来ミレット作にも異なる気候・土壌条件に対応すると考えられるいくつかの類型を設定することができたので,技術移転(受け入れ)の必要性・可能性は各類型ごとにさらに具体的に検証していく必要がある。
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