研究課題
国際学術研究
遺伝性楕円赤血球症は赤血球膜蛋白質の1種のバンド3蛋白質の異常で発症し、常染色体優性遺伝形式をとる遺伝病である。本症患者はマラリア感染に抵抗を示すためマラリア汚染地帯である東南アジア地域に多発している。本学術調査ではインドネシアで発生する遺伝性楕円赤血球症に焦点をあて、その分子遺伝学的疫学的研究を行うものである。本年度においては、インドネシアの東部にあるロンボク島に集積して発症する患者の分子遺伝学的な解析に比重をおいた。現地の分担研究者と共同で遺伝性楕円赤血球症患者の発見につとめた。協力の得られた地域住民から血液を採取し、まず血液像からの遺伝性楕円赤血球症の診断の確診をおこなった。すなわち、顕微鏡一視野で75%以上の赤血球が楕円形を呈した例を遺伝性楕円赤血球症と診断した。そして、診断の確定した患者およびその家族の抹消血からDNAの抽出を行なった。ついで、遺伝性楕円赤血球症の最の主要な原因となる赤血球膜のバンド3蛋白遺伝子のエクソン11内の27塩基欠失の検出を試みた。患者DNAを試料としてPCRを用いバンド3蛋白遺伝子のエクソン11領域を増幅した。その結果、1例からは正常者と同じサイズの1本のDNA増幅バンドが得られたが、残る24例からはサイズの異なる2種類のDNA増幅バンドが得られた。すなわち、1本は正常と同じサイズであったが、もう1本は正常よりやや小さいDNA増幅断片であった。そこで、この小さなサイズのDNA断片の塩基配列を決定したところ27塩基が欠失していることが判明した。この欠失した塩基のは今までにインドネシアのスマトラ地区で発見したのと全く同じであり、同じ遺伝子変異がこの地域全体に広がっていることが確認された。これらの結果は、バンド3蛋白遺伝子の異常が従来から考えられている様に常染色体優性形式をとっていることと一致した。しかし、患者が多数発生していることから、この遺伝子異常のホモの患者が当然発見されると考えられるが、今回の調査では発見されなかった。この結果はやはりホモの個体が出生し得ないことを示唆するものであった。今後さらに調査を続け、この点を明らかにする予定である。また、インドネシアのガジャマダ大学の分担研究者であるスマジオノを神戸大学に招聘し、遺伝子の解析ならびにPCR法を用いた遺伝子異常スクリーニング法に関する技術移転を行なった。これにより、今後インドネシアのジョグジャカルタ地域においても継続してバンド3蛋白遺伝子の異常の解析が継続して行うことが可能となった。本研究遂行中に、タイ南部地方にも遺伝性楕円赤血球症の患者が多発していることが判明し、タイの研究者の協力を得てタイ南部地方の遺伝性楕円赤血球症でもバンド3蛋白質遺伝子異常のスクリーニングを同時に実施した。その結果、タイでもインドネシアと同じ遺伝子異常が多いことが判明した。このタイ南部地方では、遺伝性楕円赤血球症の多発地域で特に胎児死亡例の多いとの情報もあり、この現象と遺伝性楕円赤血球症のホモの個体との関連性が注目されるところである。現在、バンド3蛋白遺伝子の27塩基欠失のホモの個体が胎児死亡例のどのくらいの割合を占めているのかの調査を開始したところである。こうした関連性の解明は、東南アジア地域での胎児死亡数の減少をはかる保健政策を確立するために大きく貢献するものと考えられる。これまでに、研究者らはタイ南部地方からインドネシアのスマトラ島そしてロンボク島まで極めて広範囲に同じバンド3蛋白遺伝子の異常が広がっていることを確認した。このことは、マラリア汚染地帯ではこの遺伝子異常を有する個体が生存に有利であったことを示すものであった。しかし、何故この全く同じ遺伝子の異常が東南アジア地域に広範囲にしかも高い頻度で存在するのかは不明である。単に創始者効果によるものかそれとも熱帯環境下である特定の因子が作用して同じ遺伝子変異を誘発するのか2つの説が考えられ、極めて興味深い問題であり、今後精力的に解決すべき課題である。現在インドネシアのロンボク島の遺伝性楕円赤血球症患者で得られた赤血球膜のバンド3蛋白遺伝子内の27塩基欠失に関する結果を英文論文にまとめつつあり、近く投稿する予定である。
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