研究概要 |
A.はじめに: HTLV-1のキャリアでは,約2〜5%にATLが,その約1/10の頻度でHAMが発生する.日本国内の年間ATL発症数は,数百例に達する.流行地のキャリア率は数%に達し,局所的HTLV-1流行の最大の要因は,母乳を介した母子感染である.母乳哺育したキャリアの児は,約20%が感染し,母親の抗体価が感染性に関係している. HTLV-1の流行地から非流行地に移住した移民群では,移民後1〜2世代でHTLV-1のキャリア率が低下する.Hoらによれば,日系二世群のキャリア率は約11%であったのに,三世群のそれは1.3%に過ぎなかった.二世女性のキャリア率は,主として,夫がキャリアであるか否かに依存していた.我々は,移民後の生活環境の変化による影響を比較するため,日系アメリカ人と日本(長崎)人女性の家族調査を行った. B.方法:移民女性(対象:移民群),流行地の女性(対照:流行地群)とその家族を比較した.使用したHTLV-1キャリアは,日系アメリカ人女性22名,長崎在住の日本人女性80名である.質問書は,人工統計学的情報に加え,HTLV-1感染の諸要素を加えた.血液は,抗HTLV-1抗体価測定とHTLV-1プロウイルスの半定量に供した.本人用・子供用・家族用別々にインフォームドコンセントをとった.実験計画に対し,各地区及び各地区の倫理委員会の承認を受けた. C.結果:移民群の年齢中央値は,50歳で流行地群の33歳より高く,教育歴も移民群の方が高かったが,移民群が主として供血者を対象としたことが理由であろう.他の人工統計学的要素には,有意な違いはなかった. HTLV-1の感染要因とされる因子では,被母乳哺育率は双方とも90%で、哺乳期間も同等であった.現在または過去の性的関係者との間におけるコンドームの常用率は,流行地群(33%)に対し,移民群(18%)は明らかに低かった.流行地出身の男性である率は,流行地群の方が有意に高かった.薬物経験者はなかった.性的関係者の抗体陽性率は,移民群(18%),流行地群(20%)に有意差はなかった.しかしながら,検査できた数が少なかったので,その評価は困難である.生涯の性的関係者の数は,双方とも中央値が2であったが,流行地出身者を相手とする率は,流行地群が有意に高かった. 抗体価は,移民群の方が高く見えたが,年齢による補正を加えた後には,移民群・流行地群の間に有意差はなかった.現在,HTLV-1プロウイルス濃度の検査は終了したが,データを分析中であり,最終的分析を待っている. D 考察:移民した後,第2〜3世代の集団の中でHTLV-1キャリア率が低減するのは,移民した女性が,低流行地出身者の母集団によって希釈されることが最大の要因だろう.主として性的感染によるというより,母乳哺育による母子感染が主役と考えたい.しかしながら,この仮説を証明するに十分な数の移民キャリアを調査することができなかった.両群の年齢補正後抗体価に有意差を見なかったことから,移民後のキャリア率の低減が,他の研究者のいう外的要因(ウイルス発現の変化やHTLV-1に対する免疫反応など)による可能性は少ないと考える. 母乳哺育・輸血歴等のHTLV-1感染危険要因は,流行地群・移民群で類似していた.双方とも薬物使用者は皆無だった.子供の数にも,両者間に差はなかったが,流行地群の女性は,未だ出産年齢にあり児の数が増える可能性があることを考慮する必要がある. とくに日本人の性的関係者数や,コンドーム使用の情報は,他に情報が少ないので興味深い.調査協力を依頼したほとんどの女性が協力してくれたことを勘案すると,さらに大きなスケールで日本人の性的行動を調査すること研究が可能と思われる.これらの情報は,HTLV-1感染予防の観点からのみでなく,HIV感染の将来予測等の研究にきわめて有用だろう.
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