研究概要 |
1.本国際学術研究を通じて,社会性アブラムシ類の生態を詳細に検討することが可能になった.アメリカ合衆国コロラド州およびアリゾナ州で行った.Thecabius populimonilisの調査の結果,従来,非移住性の生活環をもつと考えられていたこの種が,アリゾナでは移住性の生活環を,コロラドでは移住性と非移住性の生活環を併せもつことが明らかになった.また,ゴール内のアブラムシを分析した結果,本種の非移住性生活環は移住性生活環から,有翅虫のゴール内産仔と,それに有翅虫の無翅化を経て二次的に進化したという,いわゆるGP仮説を支持する証拠が得られた.アイダホ州北部で行ったClydesmithia canadensisの調査からは,ミトコンドリアDNAの塩基配列の比較などから,この種はゴール内で産仔された第3世代1齢幼虫が(有翅虫の替わりに)寄主植物の根に自力で移住する生活環をもつことが判明した. 2.アブラムシ類は一部の特殊なグループを除けば,すべてが菌細胞内に原核性の細胞内共生微生物(共生体)を保有している.これまでの研究によって,アブラムシは窒素老廃物を他の多くの昆虫類のように尿酸ではなく,グルタミンおよびアスパラギンに換える能力をもち,共生体がこれらのアミノ酸から不可欠アミノ酸を合成するという窒素再循環系をもつことを明らかにした.これは有機窒素に乏しい植物師管液を食物とする吸汁性昆虫に共生体が普遍的に存在することの説明になる.しかし,今回,同じ同翅目の吸汁性昆虫であるドビイロウンカを調べた結果,共生体を利用した窒素再循環のしくみが必ずしも一様ではないことが明らかになった.ウンカは窒素老廃物を一般の昆虫と同じく尿酸へ転換するが,それを排泄することなく組織内に蓄積し,酵母様共生体のもつウリカーゼを利用し,必要に応じてそれを利用可能な有機窒素へ変えていることがわかったからである.これはむしろ,系統学的には縁の遠いゴキブリの場合に似ている.アブラムシとウンカのこのようなストラテジーの違いは,2つの間の増殖性の違い,および移住に伴う飢餓にさられる期間の違いを反映するものであろう. 3.アブラムシの共生体は進化的には大腸菌と近縁のプロテオバクテリアγ3亜族に属するバクテリアである.共生体は菌細胞内にあるとき,ある種のストレスタンパク質であるシンビオニンを選択的,かつ多量に合成している.シンビオニンは大腸菌GroELのホモログで,後者と共通に分子シャペロンの活性をもっているが,それに加えて,後者にはみられない特異的機能として,エネルギー共役性に基づくリン酸基転移活性をもっている.このときのシンビオニンのリン酸化部位はHis-133で,これに対応するアミノ酸残基はGroELではAlaである.2つのタンパク質のアミノ酸配列(550残基)には86%の同一性があり,大部分のアミノ酸置換が類似的置換であるなかで,ほとんどコドン-133だけが3連続塩基の置換による非類似的アミノ酸置換をうけており,その結果としてシンビオニンの新たな機能が創出されている.今回の研究ではこの点をさらに確かめる目的で,系統的にきわめて近縁な3種のアブラムシのもつ共生体のシンビオニン(遺伝子)の構造を比較した.この結果,3者間のアミノ酸配列の同一性は99%以上で,550残基のうちコンセンサスでない部位はわずか5箇所のみであった.この1つが部位133で,1つの種ではHisなのに対し,他の2種ではAsnであり,しかも他の4部位は何れも類似的置換であった.これらの結果は,シンビオニンのコドン-133は分子進化的にみたとき一種のホットスポットであり,共生体はこの部位におこる突然変異をポジティブに選択することを通じて,シンビオニンに新たな機能を創出し,細胞内環境に適応しつつあることをうかがわせる. 4.この他に,例外的に原核性共生体の替わりにアブラムシに保有されている酵母様共生体の分子系統学的位置の検討,アブラムシ腸内細菌類の同定とその進化的起源等についても多くのデータを得た.
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