研究分担者 |
カイル リック アメリカワシントン州立大学, 研究員
カーチマン デビット デラウエア大学, 海洋学部, 教授
小川 浩史 東京大学, 海洋研究所, 助手 (50260518)
永田 俊 東京大学, 海洋研究所, 助教授 (40183892)
小池 勲夫 東京大学, 海洋研究所, 教授 (30107453)
KIRCHMAN David L. College of Marine Studies, University of Delaware
KEIL Richard G. School of Oceanography, University of Washington
|
研究概要 |
海洋の有機物の90%以上は溶存態として存在しており,その大部分は化学的な性質が不明である.放射性同位元素を用いた年代測定によると,太平洋の溶存態有機物の平均年齢は数千年のオーダーにもなり,これらの有機物の代謝速度の規定要因の解明は海洋全体あるいは地球上での有機物代謝の実態を明らかにする上で,極めて重要である.ここで個々の有機物が何らかの原因で分解を開始する時の状況を考えると,ほぼ必ず他の生体成分と会合した状態にあることが想定される.これらの会合はしばしばサブミクロンサイズの微小粒子を形成しており,こうした粒子の動態が物質代謝の重要な側面をなしていることが容易に推定される.本研究では,高分子有機物の代謝速度を規定する要因の一つとして他の高分子との会合状態が果たす役割を定性的,定量的に明らかにしようとするものである.具体的には放射性同位元素でラベルした海洋細菌起源の有機物を調製し,これをモデル基質としてその分解プロセスを追跡した.また,さらに他の手法を組み合わせてデラウェア湾内の微生物群集の分解活性を明らかにすることを試みた. 海洋細菌,Vivrio alginolyticus(138-2)の培養液に[^3H]あるいは[^<14>C]でラベルしたロイシンを添加した後,超音波処理によって破砕し,超遠心,限外ろ過などによって膜および可溶性のフラクションに分けた.これにより,膜および可溶性それぞれのフラクション中のタンパクが[^3H]および[^<14>C]でラベルされた人工基質が調製された.それぞれのフラクションをデラウェア湾の海水に添加し,天然の細菌群集による分解速度を求めた.一方,デラウェア大学の研究船によるデラウェア湾内の航海に参加し,湾内の物理化学的諸要因,微生物および動植物プランクトン群集のバイオマスに関する各種パラメータを取った.さらに,[methyl-^3H]thymidineのTCA不溶性分画への移行速度から細菌群集の増殖速度を,蛍光基質の添加による菌体外分解酵素の酵素活性の測定などを行い,有機物代謝に対する寄与を推定した. 本研究では膜および可溶性のそれぞれのフラクションのタンパクを選択的に放射性同位元素でラベルしたものの調製を狙っている.そこで第一にこうして得られた人工基質の性質を検討した結果,タンパク以外の高分子へのラベルの移行は相対的に小さく,結果の解釈に問題を与えるとは考えられないことがわかった.第二に,それぞれのフラクションを基質として用いた分解実験の具体的な系を検討した結果,実際に天然海水中の細菌群集を用いて実験を行った結果,可溶性フラクションは膜フラクションよりも常により速く分解され,条件によってはその無機化速度に約3倍の差が出ることが明らかになった.これは膜中のタンパクが脂質,多糖などの高分子と会合して存在するため,これらの高分子が速やかな分解を遅らせるよう働いたためと考えられる.さらに,条件を変えてこの分解速度に与える影響を考察すると共に,数か月から年単位の長期実験を続行中である.第三に,95年夏にデラウェア湾で行った航海で得られた現場のデータを解析しているとともに,上記の分解実験との関連について検討を行っている.このためにアメリカ側の研究者と結果のやりとりを続行しているとともに,96年度早々にアメリカ側の研究者を呼んで研究打合せを行うことが確定している.本研究の結果は,海洋に存在する様々な高分子の分解速度を決める要因として他の分子との相互作用,会合が大きな役割を果たしていることを明らかにし,有機物の代謝速度の規定要因として新たな知見を加えたものである.
|