本研究の目標は一つには、アセチルコリン受容体の三次元構造をより高分解能で解析することであり、もう一つは、開口状態、脱感作状態の構造を調べ、イオンチャンネルの開閉機構を明らかにすることであった。そのために代表者が3度渡英し、英国側が1度来日して意見の交換を行い、ソフトウェアの開発と実験を行った。アセチルコリン受容体に関してはチューブ状結晶しか得られていないため、高分解能の構造解析のためにはまだまだ多くの解析技術の開発が必要である。具体的には、コントラスト伝達函数の決定方法とチューブ状結晶の格子の歪みの補正方法の開発を最初の目標とした。 最も成果が上がったのは、コントラスト伝達函数の決定方法に関してである。初年度に代表者側が新しい方法を開発し英国側研究所の計算機に移植したところ、うまく動作しない電子顕微鏡像もあることが判った。そこでさらに改良を加え、再度英国側研究所の計算機に移植し、アセチルコリン受容体の電子顕微鏡像に適用した。その結果、これまでに非点収差がないと仮定してきた像のほとんどに収差があることがわかり、平均をやり直すことになった。また得られたパラメータを位相情報を調べることによって精密化するプログラムを双方で開発した。この過程でプログラムの幾つかの誤りが判明し、訂正することができた。このような経験から異なった計算機への移植は大変有用であることがよく判った。また、プログラムの有用性と可搬性が確かめられたので、英国側の協力により、論文としてまとめ、専門誌に投稿した。 結晶格子の歪みを補正する方法の開発に関して、我々は実空間で二次元結晶と同じように歪みを補正する方法を開発してきた。一方、英国側は一周期を3分割し、それぞれのセグメントに対し、らせん軸の位置の精密化を逆空間で行う方法を開発してきた。そこで両者の方法を融合し、まず最初に三つのセグメントに分割し、理想的な画像を歪めてより現実的画像に近いレファレンス像とし、それに対しテスト画像をフィットすることによって格子の歪みを補正するプログラムを開発した。この方法をアセチルコリン受容体の電子顕微鏡像の幾つかに対し適用したが、著しい効果の違いは得られなかった。チューブ状結晶の場合、高分解能領域での信号対雑音比は極めて低いので、多数の画像を平均しなければ評価は難しいが、今後の改善がまだ必要なようである。いずれにせよ、上に述べたコントラスト伝達函数の精密化と合わせて、解析の高分解能化は大きく進歩し、これまで公称9Å分解能での解析にとどまっていたが、現在7Åでの解析を進めている。また本研究によって十分な意見の交換を行うことが出来たので、チューブ状結晶の解析に関する共通のデータ形式を提案し、我々が開発した手法を解説するために、総説を書く準備を進めている。 異なった生理的状態の構造解析に関しては、代表者の渡英時に数多くの試料の調製を行ったほか、英国から持ち帰った試料を用いて実験を行った。これまでの問題点の一つであった、試料の濃度に関しては、種々の方法を試した結果、高分子量のポリエチレングリコールの粉末を用いて、チューブ状結晶の構造をまったく乱さずに濃縮できることが判ったので、今後、実験の能率はずっとよくなるであろう。 時間分解構造解析の手法も、我々と英国側とは違う方法を追求してきた。我々はcaged物質の閃光分解を用い、英国側は基質をスプレーする方法を用いた。時間分解能に関してはcaged物質を使う方法が格段にすぐれているが、強力な光を照射する必要があるためグリッドによる光の吸収とそれによる発熱の問題は避け難い。一方、英国側の装置を我々の装置に組み込むのは比較的容易であるから、移植を行っている。その動作を正しく評価するためには、うまく稼動している装置を使って経験の積むことが最良の方法と考えられる。そこで、代表者が渡英した際に、実際の試料を用いて多数のグリッドを作製し、英国側が訪日の際に運搬した。現在その解析を行っている。
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