1994 年度研究成果報告書概要

パキスタン・ハザーラ地区における古代都市と交易路に関する考古学的・美術史学的研究

研究課題

研究課題/領域番号	06044139
研究種目	国際学術研究
配分区分	補助金
応募区分	共同研究
研究機関	大阪大学 (1995) 東京国立博物館 (1994)
研究代表者	西岡康宏東京国立博物館, 学芸部, 企画課長 (40000351)
研究分担者	古谷毅東京国立博物館, 考古課原史室, 研究員 (40238697) 井上洋一東京国立博物館, 考古課, 主任研究官 (60176451) 安藤孝一東京国立博物館, 考古課, 課長 (60202785) 臺信祐爾東京国立博物館, 企画課普及室, 室長 (80163715) 小泉恵英東京国立博物館, 東洋課インド・南東アジア室, 研究員 (40205315) 谷豊信東京国立博物館, 東洋課, 主任研究官 (70171824) 松本伸之東京国立博物館, 東洋課中国美術室, 室長 (30229562) 早乙女雅博東京国立博物館, 東洋課北東アジア室, 室長 (80150035) 高浜秀東京国立博物館, 東洋課インド・南東アジア室, 室長 (60000353) 後藤健東京国立博物館, 東洋課西アジア・エジプト室, 室長 (40132758) 鷲塚泰光東京国立博物館, 学芸部, 学芸部長 (80191740) MOCHIZUKI Mikio Curator, Historic Age Section, Dept.of Japanese Archaeology, Tokyo National Muse
研究期間 (年度)	1994 – 1995
キーワード	パキスタン / ストゥーパ / ハザーラ / シンキアリ / 仏教遺跡
研究概要	平成6年10月20日より約1ヵ月にわたって、パキスタン回教共和国北西辺境州ハザーラ地方においてパキスタン政府考古・博物館総局との共同体制の下で考古学的調査を行なった。今年度は、平成4年度に着手した同地方の考古学的遺跡の分布調査を、特にマンセーラ地区のシンキアリ村を中心とした地域で実施し、計15遺跡について位置、遺跡の状態、性格について記録した(但し、2遺跡は昨年もしくは一昨年に踏査済であり今年度は再調査であるため、新規調査の遺跡は13ヵ所である。)このうち、シンキアリのザールデリー1遺跡とザールデリー2遺跡の2つの仏教遺跡に関しては、遺跡の測量と遺構細部にわたる撮影を行ない、現状記録と当初の寺院伽藍の形態に関して考察を加えた。以下、この2遺跡の概要について報告してゆきたい。ザールデリー1遺跡はシンキアリ村の北およそ3kmのタンバという集落内の緩やかに南に傾斜する農地(とうもろこし、小麦など)の中にある。この遺跡はインド考古調査局の報告によってすでに今世紀の初頭よりその存在が知られていたが、発掘作業を含む詳細な調査は現在までの所なされていない。遺跡は東西約80m、南北約130mのほぼ長方形の区画で、南にストゥーパ区、北に僧院区がある。ストゥーパは、約70m四方で南側に大きな階段を設けたプラットフォーム上に造立され、僧院区には石造建造物の壁あるいは基壇が各所に残存している。ストゥーパは4方に階段を設けた方形基壇(1辺24.4m)の上に円筒形の胴部(直径19.4m)をのせる形式で、ダイアパー式の石積法を用いて構築されている。胴部半ばより上は現在破壊されている。ストゥーパの表面には、カンジュール(多孔質の石灰岩)を用いて化粧柱などの装飾が施されているが、ガンダーラ地方のストゥーパで通常行なわれるストゥッコによる化粧の痕跡は表面調査においては発見されなかった。円筒胴部基部よりおよそ2.2m程の高さの所では、一周り小さな円筒形石組の遺構が一部残存している。これがストゥーパの増拡によって前時代の遺構を埋めたものか、あるいは胴部を大小2段の構成として一時期に制作したものであるのかについては、今回の調査では明らかにすることが出来なかった。ストゥーパの北西には、奉献塔あるいは祠堂と思われる建造物の石壁が露出している。僧院区は、各所にダイアパー式石積の壁が露出しているが古い石壁を利用して現代の人家が立てられているため、詳細な調査を行なうことができなかった。ザールデリー1遺跡は、ガンダーラやタキシラに残存する仏教遺跡と比較しても比較的大規模な部類に属し、インダス川東岸(ガンダーラ地方と川を挟んだ対岸)の紀元後2〜4世紀頃の仏教の興隆の様子を物語る考古資料として極めて貴重なものである。ザールデリー2遺跡は、ザールデリー1遺跡とシラン川を挟んだ対岸のタンダという集落内にある。この遺跡は過去に報告例のない新発見の仏教遺跡である。遺跡は水田地帯の中にあり、その規模は東西約40m、南北約100m、南にストゥーパ、北に僧院の遺構がある。現状ではストゥーパの基壇と円筒胴部の一部、さらに僧院の壁の石積の一部が残存するが、ストゥーパは盗掘による破壊が甚だしく、僧院址には小学校が建設されている。ストゥーパは、方形基壇上に円筒形胴部(直径16〜20m)をのせる形式で、基壇東側には階段があることが確認できた。基壇部、円筒胴部ともに近年の盗掘の痕が甚だしく、塔内納入物はあそらく運び出されてしまっていると思われる。北の僧院区はダイアパー式石壁が露出しており、ザールデリー1遺跡と比較的近い時期の造営であることがわかる。この遺跡の西側にある山の中腹からは、クシャーン朝の王であるヴィーマ・カドフィセス、カニシュカの銅貨が地元住民によって発見されており、寺院の造立時期に関する何らかの手がかりとなろう。以上2ヵ所の仏教遺跡は、いずれも残念ながら既に盗掘の手が入っているため遺物の残存状況は芳しくないが、伽藍の構成、存続時期などを解明するためには今後本格的な発掘調査の実施が不可欠である。この両遺跡の調査を進めることにより、クシャーン朝におけるハザーラ地方の文化的様相の一端を解明することができよう。