研究概要 |
平成6年8月と7年8月の2回にわたってカザフ国セミパラチンスク市カザフスタン放射線医学生態学研究所を訪れ、相手側研究者と放射線被曝の実態と白血病発生の実態につき、情報を収集し、意見の交換を行った。これによると核実験場の東側にあたる汚染地区は、最高度汚染地区(1945年〜1989年の被曝蓄積線量が100〜500cSv)、高度汚染地区(同35〜100cSv)、中等度汚染地区(7〜35cSv)、低汚染地区(0〜7cSv)にわけられ、セミパラチンスク市周辺のAbeysky,Beskaragaysky,Jana-Semeisky地区は最高度ないし高度汚染地区にあたっている。低汚染地区及び高度汚染地区のおける白血病による死亡率は人工10万人あたり、1955〜1960年2.2人と5.0人、1963〜1976年1.56人と4.3人、1979〜1986年2.0人と4.8人であり、高度汚染地区での死亡率が高い傾向を認めている。また年を追ってその推移をみると、1962〜1965年頃と1981〜1987年頃に死亡率の増加をみており、同様の傾向は他の悪性腫瘍についてもみられている。 次にセミパラチンスク市中央病院及びセミパラチンスク小児病院を訪問し、過去の白血病症例のカルテをレビューし、血液標本の形態的分類を行った。また分子生物学的解析用のサンプルを収集した。また今後の白血病症例についての調査項目を確認し、血液標本と白血病細胞保存、収集についての体制をととのた。 セミパラチンスク市の病院では、現在、成人の白血病では、急性骨髄性白血病(AML)が年に7〜8例、急性リンパ性白血病(ALL)3〜4例、慢性骨髄性白血病(CML)15〜20例、慢性リンパ性白血病(CLL)20〜30例程度となっており、小児ではALL 4〜5例、AML,CML,CLL合せて0〜1例程度である。この中には最高度あるいは高汚染地区に住居歴を有する患者も含まれている。しかし形態学的分類からすると、成人と小児いずれも欧米の白血病に、種類と発症率の傾向が類似しており、当市でみられる白血病に分類上きわだった特徴はなさそうに思われた。 当病院で収集可能であった標本について形態的分類と分子生物学的解析を行った。形態的に白血病の分類ができた症例は、成人38例(AML 4例,CML 7例,ALL 13例,CLL 14例)、小児16例(AML 5例,ALL 9例)であり、このうち成人CML 2例、小児ALL 2例は高度汚染地区の住民であった。これらの症例の標本より、標本上の血液成分を削り取り、フェノール・クロロホルム法にて微量DNAが抽出可能であったのは、成人9例(ALL 2例,CML 1例,CLL 6例)、小児8例(ALL 3例,AML 5例)であった。これらの症例につき、癌抑制遺伝子p53の特に本遺伝子内でもっとも保存されており、癌で変異が見出される頻度の高い領域であるexon5,6,7,8について、異常の有無を解析した。すなわち1回目のpolymerase chain reaction (PCR)にてexon5-6とexon7-8を増幅し、2回目のPCRにてexon5,6,7,8を増幅した。増幅したフラグメントをさらにsingle strand conformation polymorphim (SSCP)にて変異の有無を解析した。解析した範囲では異常のある症例は見出せなかった。一般に急性白血病でp53に変異にみられる頻度は数%程度といわれており、今回得られた結果からは、セミパラチンスク地域でみられる白血病におけるp53の変異の頻度は一般の白血病に比べ特に高くはないと考えられた。白血病での変異の頻度が比較的高い癌遺伝子N-ras等については今後解析の予定である。 今後の研究としては、最高度汚染地区に住民歴を有する人達の中から発症する白血病症例を収集して解析することが必要と思われる。
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