研究概要 |
1 マンガンカタラーゼのモデル的研究 (1) 非ヘムマンガン酵素であるMnカタラーゼは活性中心に2つのMnをもち過酸化水素の不均化を触媒する。その活性中心にはμ-オキソビス(μ-カルボキシラト)二マンガン骨格が予想されている。Mnカタラーゼの骨格構造と触媒機能の関係を洞察する目的で、フェノールの2および6位に多様なペンダント基をもつ二核化配位子を用いて二核Mn(II)錯体を合成した。X線結晶構造解析からこれら錯体はμ-フェノキソビス(μ-カルボキシラト)二マンガン(II)コアを有することから、優れた構造モデルである。 (2)これら錯体は過酸化水素の不均化反応を触媒する。反応には初期の段階で現れる遅い反応と、遅れて現れる早い反応が関係している。初期の遅い反応では溶液は黄色であるが、早い反応が起こると濃い紫色を呈する。FABマススから遅い反応にはモノオキソ中間体が、早い反応にはジオキソ中間体が存在することを確認した。更に、遅れて現れる紫色溶液の可視スペクトルは530nmに730cm^<-1>の微細構造をもつ特徴的な電荷移動吸収帯を示すことから、この紫色中間体は二核オキソMn(IV){Mn(IV)=0}_2であると結論した。錯体骨格がC_s対称であることから2つのオキソ基はシスであると予想し、過酸化水素は水素結合で二つのMn上にキレート配位し、プロトン移動を伴って{Mn(IV)=0}_2/{Mn(III)OH}_2のサイクルが進む分子内2電子移動機構を提唱した。 (3)2つのオキソ基がシスであることの重要性を証明する目的で、骨格構造がC_2対称の二核Mn錯体を合成した。この場合は、過酸化水素は分子間2電子移動でしか進まないことから過酸化水素の不均化は遅く、(2)の場合の遅い反応に相当していた。 (4)次に配位子のペンダント基を変えて二つのマンガンを電子的に非等価として過酸化水素の不均化を調べた。その結果、ラジカル生成を伴う副反応が起こり、酸素発生量の現象をきたした。以上より、生体に有害なラジカル発生を避けるために、2つのMnは電子的に等価であることが要求される。 (5)関連したマクロサイクル配位子の二核Mn錯体を用いた研究から、活性種の還元型はMn(III)であることが示された。よって(3)に提唱した触媒サイクルが支持された。 以上の研究により、Mnカタラーゼの活性部位構造(対称性)や電子構造、酸化状態、過酸化水素の不均化触媒機構について、多くの情報を与えることに成功した。 2 マルチ銅酵素のモデル的研究 マルチ銅酵素はタイプI銅(単核)、タイプII銅(単核)、タイプIII銅(二核)からなり、合計4つの銅を含んでいる。タイプIとタイプIII銅が近い距離にあって3核クラスターを形成していることから、これまでは3核銅のモデルが研究されてきた。しかし、12Å離れたタイプII銅は、酸素の関与する電子移動反応に不可欠であることが分かっている。そこでこの研究では、1つの二核銅単位に2つの単核銅をペンダントとして取り付けたアセンブリー錯体を用いて、マルチ銅の機能モデルを研究した。 2,6-ジホルミル-4-メチルエノールとテトラエチレンペンタミンの2:1型シッフ塩基を用いて、フェノール酸素と塩化物イオンで橋架けされた二核銅-(II)単位に2つの単核銅をペンダントとするアセンブリー型4核錯体{Cu(II)-Cu_2(II,II)-Cu(II)}を合成した。単核部分は-0.45Vで還元されるが、二核部分は-1.5Vまで還元波を示さない。ところが、定電位電解で二つの単核銅を還元して{Cu(I)-Cu_2(II,II)-Cu(I)}とすると、分子内の単核銅から二核銅へ電子移動が起こり{Cu(II)-Cu_2(I,I)-Cu(II)}を与えることが、ESRおよび電子スペクトルから確認された。このような分子内電子移動反応はマルチ銅酵素の一つであるアスコルビン酸酸化酵素に予測されていたが、これまで実験的証拠はなかった。我々の今回の研究は、これを実験室系で再現した最初の例である。このモデル研究により、二核銅部分が酵素分子への電子伝達中心で、酸素への電子伝達を可能にするために、単核部分から二核部分への電子伝達が必須であることが示された。
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