研究概要 |
[序論] F_1-ATPaseのヌクレオチド結合部位数は、昨年のAbrahamsらによるX線構造解析の結果から、6個であることが確認されている。これらのうち、3個は直接ATPの加水分解反応に関与する触媒部位、残る3個はATP加水分解を行わない非触媒部位である。現在までのところ、3個の触媒部位は、ATP加水分解に際し協同的に働くことが知られている。しかし、これら複数の触媒部位間の相互作用の実態に関しては、依然不明のままである。我々は、これに関して新たな知見を得るために、触媒部位がそれぞれ3(野生型),2,1,0個のα_3β_3γ複合体を精製し、そのATP加水分解反応の性質を調べた。 [方法] 複合体でのATPase活性が見られない変異βサブユニット^<3)>のC末端にグルタミン酸10個(Glu・Tag)を接続したβサブユニットを作製し、これを用いてα_3β_3γ複合体を得た後に野生型複合体と等量ずつ混合した。これを8M尿素で変性させ、透析により再構成させた。この操作によりサブユニットの組換えが起こり、活性のある触媒部位数が、3,2,1,0個となった4種類の複合体が得られる。これら4種の複合体は、Glu-Tagに由来する負電荷を利用して陰イオン交換HPLCで分離精製することが可能である。得られたピークを再度HPLCで精製し、以後の測定に使用した。Glu・Tagを接続したβサブユニットは、その分子量がおよそ1.4kDa増加しているため、SDS-PAGEにおける移動度が、野生型βサブユニットより減少する。この性質を利用して、分離精製した各複合体内のGlu・Tag結合βサブユニットの存在比を確認した。 [結果](1)定常状態のATPase活性…III型複合体以外の3種の複合体では検出されなかった。また、F_1-ATPaseを活性化する中性界面活性剤LDAO(Lauryl Dimethylamine Oxyde)の添加によってもIII型複合体以外では、顕著な活性化が見られなかった。 (2)TNP-ATPのunisite水解活性…活性のある触媒部位が残っているIII型,II型,I型の各複合体には観察されたが、0型複合体では認められなかった。 (3)Chase promotion活性…結合したTNP-ATPの加水分解が後から加えた過剰のATPによって促進される現象(Chase promotion)は、活性のある触媒部位が2個以上あるIII型及びII型複合体で観察された。I型及び0型複合体ではこの様な現象は観察されなかった。 [考察] 定常状態のATPase活性がIII型複合体にのみ検出されたことから、定常状態でのATPase活性は、3つの基質結合部位が協同的に作用し合って働くことが必要であると結論づけられる。これは、共有結合を形成するF_1-ATPaseの阻害剤の多くが、複合体あたり1分子結合して失活させる、という結果^<4),5)>と良く一致している。 Unisite条件下のATPase活性の測定では、II型複合体にはChase promotionが見られるが、I型及び0型複合体では検出されなかった。したがって、1個目の結合ATPの加水分解を促進するためには、2個目の触媒部位にATPが結合し、さらに加水分解されることが必要である。Chase promotionに使用するヌクレオチドをATPからADPに置き換えると、III型複合体でもChase promotionが観察されなくなることから、2個目の触媒部位における加水分解がChase promotionの必要な条件であることが示唆される。
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