研究課題
国際学術研究
目的:本研究は、放射線による損傷とその修復の分子疫学という新しい分野の開拓をめざし、その分野でもっともすぐれた研究成果を挙げているサセックス大学との共同研究を計画した。分子疫学とは、病気の発生の原因として遺伝子レベルの異常が関与していることを、患者の調査から推定し、分子レベルの研究で証明するとともに、その遺伝子の変化や、関与している遺伝子の分布を調べる学問である。放射線の損傷は、主として遺伝子の損傷としてあらわれるが、それを生じやすい人が存在することが知られている。その原因として放射線損傷の修復能の欠損や低下による場合があり、それを疫学的調査で解明したい。具体的には、(1)DNA修復異常が疑われる病気の欧米と日本の分布の比較とそれに関与した遺伝子の解析、(2)放射線損傷を受けやすい人の検索とその分子レベルの解析、を目的とする。研究成果:(1)DNA修復欠損を伴う遺伝病の代表例である色素性乾皮症(XP)のうち、日本に多いA群について、イギリスの患者の細胞の提供を受け、遺伝子の変化の部位を比較した。日本とイギリスではすべて遺伝子の変化の部位が異なっていた。このことが症状の差にも反映し、日本のXPA患者にくらべ、イギリスのXPA患者が一般に軽症であるのは、遺伝子の重要度の低い部位の変化(突然変異)によることがわかった。(2)放射線のDNA損傷を高感度に検出する手法の一つとして、コメット法をサセックス大学より技術指導を受けた。(3)サセックス大学を中心に研究されていた、原子力施設従業員の子供の白血病多発について、放射線が原因でないことが、放射線量の詳しい推定によって明らかになったが、その詳細な研究経過を学んだ。(4)電磁場の生体影響に関する京都大学の研究について、サセックス大学の環境要因による遺伝子損傷の研究成果と対比させて、検討を行ない、人体影響はほとんどないと結論づけた。国際学術研究としての意義:サセックス大学のブリッジェス教授の研究グループは、英国医学研究機構(Medical Research Council)の細胞突然変異部門(Cell Mutation Unit)をも兼ねており、長年の研究実績を有する。研究代表者とは、約20年前から交流があり、研究テーマ、研究内容にも多くの共通点がある。3年間の国際学術研究を通じて得た最大の成果は、両研究室相互の研究材料(ヒト細胞)及び研究技術の自由な相互提供であった。研究代表者からは、サセックス大学グループが保有していない電磁場装置による研究成果を提供し、サセックス大学からは、彼らが開発したコメット法の指導を受けた。色素性乾皮症A群患者については、初めて本格的な分子レベルの比較ができ、分子疫学の手法が確立できた。これらの成果は、国際学術研究の制度によって初めて可能となったものである。中でも、世界的に放射線損傷が遺伝するのかと注目された白血病の例では、ブリッジェス教授が、イギリスの調査委員長であったことから、詳細な検討経過を3年間にわたって教示、提供され、きわめて明確に疫学的研究での結果が原因と結果の関係を示すものではなかったことが示された。このことは第3年度にブリッジェス教授を招へいして、長時間にわたって討論して十分理解できた。サセックス大学は京都大学と交流協定を結んでおり、本研究に関連して、医学部学生2名、薬学部学生1名が研究留学(各2ヵ月)し。技術取得をも行なった。その結果、実質的に共同実験研究としても進めることができた。問題点:招へい予定者の1人が第2年次に病気で来ることができず、代りに派遣を1名増やして研究を行なった他は、ほぼ当初の計画通り実施できた。派遣者はサセックス大学において講演(延3回)を行ない、招へい者も京都大学において講演(延2回)するなど、本組織以外の研究者にも研究成果を広く知らせることができた。研究代表者、研究分担者とも多忙で、派遣、招へいはいずれも短期間になったが、本研究経費以外でも、研究代表者及び分担者は延3回相互に訪問し、より密接な交流を行なうことができた。3年間を通じきわめて実り多い国際学術研究ができたことを感謝している。
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