本年度は、申請研究課題の1つとして、極く最近実験的な報告も始まったアルゴン中におけるヨウ化シアンの光化学反応に関する理論的検討を行った。 そのためにまず、ICN-Arの相互作用ポテンシャルを非経験的分子軌道法により計算し、その値をICNの各原子とArとのレナード-ジョーンズ12-6型の関数の和として表した。なお、ICNのポテンシャル関数はすでに公表したものを用いた。 次に分子動力学計算を行った。周期的境界条件を科して温度一定(100K)の分子動力学法により基底状態のICNと107個のArよりなる系(密度;1.4g/cm^3)を平衡化した。次にICNを電子励起状態に上げ。4psecまでICNの変化を追跡した。非断熱遷移の取り扱いはMiller-Meyerの方法に寄った。 CN断片の回転エネルギーの時間変化を調べた。I°-チャンネルに対応するポテンシャル面上にICNがいる場合は、反応の初期段階(〜100fsec)では回転エネルギーを得るが、その後徐々に緩和していく。一方、I-チャンネルの場合には、非断熱遷移によって、約300fsec後に、再度回転エネルギーを得ている。これはICNの^3II_<0+>と^1II_1のポテンシャル面の形状と関係付けて説明できる。しかし、これらに要する時間がアルゴン中では10倍近くになっており、ICNを取り巻くAr溶媒によってCN断片が効果的に回転エネルギーを得ることが阻害されるためである。また、気相中ではみられなかったこととして、回転エネルギーの揺らぎが大きいということが挙げられる。これはICNが非断熱遷移の起きる確率の大きな領域を何度も通過しているためで、気相中での光解離反応が非断熱遷移の起きる領域を1度だけ通過するのとは対照的である。 また、トラジェクトリーの一部は2〜3psec後、ICNの異性体であるINCの領域にトラップされた。これは「Arマトリックス中でのICNの光化学反応により、気相中では報告のないINCを生成している可能性がある」という実験結果と定性的に一致する。
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